ガラス瓶に手紙を入れて

アクセスカウンタ

zoom RSS 一阿の 「澎湃寄する海原の」 11

<<   作成日時 : 2017/04/03 07:00   >>

ナイス ブログ気持玉 7 / トラックバック 0 / コメント 0

前回は、伏見宮博恭王殿下の御生涯を少し詳しく書きました。それは、戦前帝国海軍が如何に、日独伊三国協定に反対し、開戦を阻止しやうと必死の努力をしたかを具体的に述べるためです。敗戦後、戦勝国の教育や宣伝を信じた日本国の知識層は軍隊と言うと戦争が好きで、まるで暴力集団のやうに思っていますが、そうではないのです。自分の国は自分で守る。全ての国はそれが基本です。

だのに、わが国だけは、よその国に守ってもらうと言う変な憲法を、変と思わないでやって来ました。憲法改正絶対反対と、共産党と一緒に騒いでいたら、二千六百有余年も続いた希有な国も地上から消えてしまうかも知れません。決して大袈裟なことを言っているのではありません。アインシュタインやロスチャイルドやモルガンやテビアスやメニューインやあらゆる学会・財界・芸術界の著名な方の多いユダヤの人達がどのような人生を歩んでいるか。チャンとした祖国を持たない民族の悲哀がひしひしと伝わって来ます。

地球上のあらゆる民族に排斥されたユダヤ民族が流浪の果てに、シオニズムによりイスラエル国を造りますが、どんなに日本が羨ましかったでせう。 ところが、日本の現状はマスコミ始め平和ぼけしたリベラルと称する識者・政治家・市民達は、祖国を忘れた流浪の民のやうに「人権」「人権」と叫び 、兎に角安倍内閣を潰そうと躍起です。

日本をどこへ持って行こうとするのか目標もなく、最近では天皇制を廃止しやうとする共産党と手を組む始末です。安倍政権がなぜそれ程イヤなのか、それは日本が昔のやうなチャンとした国家になってゆくのがイヤなのです。これまで、厳しい世界の動乱をよそに、また、「恨」を民族的習性に持つ隣国や反米諸国の地政学的結束を知ってか知らずか、平和・平和と叫んでをれば、それで飯が食えた時代が過ぎて行くのが具合がわるいとしか思えません。

安倍政権はとにかく、教育法を改正し、防衛省を創設し、集団的自衛権に道をつけ、乱れきった「公序良俗」を何とか立て直し、ささやかですが、国防に力を入れて来ました。最近では、「かが」建艦まで漕ぎ着けました。反日・亡国論文が生活の糧であった人達にとってはそりゃあ憎いに違いがありません。

森友学園に国有地を安く売ったと騒いでいますが、彼らが政権を取った時は、どうだったでせう。北京にいた日本大使(ある商社の社長をやっていた男)は奔走して、東京の一等地(中国大使館に隣接した広大な国有地)を中国に提供したではありませか。8億や10億の話ではありません。 この時、朝日 毎日 等サヨク系新聞は殆ど記事にせず、識者や市民さん達は全く無関心だったのを思いだしませう。

その後この商社は中国の商圏を随分と拡張したと言う話です。あの菅直人の時代です。北朝鮮が益々核武装を高度化し、中国の尖閣列島侵略が現実味を帯びて来ている時に、国家観のない議員達が森友森友と歓声を上げている様を見ると、世界のチャンとした政治家や識者は失笑しているのではないでせうか。

さて、山本五十六長官は、伏見宮博恭軍令部総長が御高齢の為身を引かれる後任に、米内光政海軍大臣をと奔走していました。前回の「澎湃寄する海原の10」でもお分かりのやうに、伏見宮は海軍部内では「艦隊派」的なお考えを持たれ、然も殆ど絶対的な権威そのものでありました。

昭和15年9月15日 夕刻、海軍省構内の南西隅、日比谷公園の反対側にある海軍大臣官邸で、日独伊三国同盟条約についての海軍首脳者会議が開かれました。山本五十六も瀬戸内海の柱島泊地から上京し、会議に参加します。会議の冒頭、軍令部総長の伏見宮が発言します。「ここまで来たら、仕方がないね。」 この発言が、同盟についての議論を封じました。反対するつもりで上京した山本は、わずかに 「この条約が成立すれば、アメリカと衝突するかも知れない。現在の航空兵力では、甚だしく不足している。」 との主旨を述べたに過ぎません。会議は日独伊三国同盟に賛成と決定してしまいました。

山本は翌日16日午後11時には離京し夜汽車で呉に帰らなければなりませんでした。彼は不安を必死にこらえていました。翌16日朝、山本は海軍省へ行き及川海相に会います。「あるいは、ドイツのため火中の栗を拾うことになるかも知れないが、アメリカはなかなか立つまい。」及川はのんびりしている。 これではとても危い。一刻も早く、米内光政を博恭王の後任の軍令部総長にしなければいけない。山本は焦ります。

しかし、博恭王に軍令部総長の席を譲れとは誰も言えない。その上、予備役から現役への復帰と言う難問もある。米内は総理大臣で現役から予備役に編入されている。 ふと、山本に妙案が浮かびます。現在、連合艦隊指令長官と第一艦隊指令長官の分離が検討されている。この案に従って、まづ米内を現役に復帰させ連合艦隊指令長官にする。自分は第一艦隊指令長官に残れば、全てが無難に進む。その時、山本は連合艦隊指令長官と第一艦隊指令長官を兼務していました。

やがて、時期がきたとき、博恭王の退任、米内総長の実現と言うことになるのではないか。山本は及川に、この米内の現役復帰を、思い切って進言しました。16日午後11時、東京駅のプラットフォームには、親友の堀 悌吉が見送りに来ていました。首脳者会議に呼ばれていた第二艦隊指令長官の古賀峯一とは同じ寝台車で同行となります。しかし、堀も古賀も山本の進言はまだ知りません。今から考えると、この時山本五十六は、単刀直入に、「米内総長案」を及川に進言した方が、日本の歴史の為には良かったかも知れません。

昭和天皇が、山本の進言と日時を同じくして、博恭王更迭の意向を開示なさるのです。昭和天皇は9月16日、内大臣木戸幸一に、参謀総長閑院宮載仁親王とともに、博恭王の勇退につきご相談遊ばされたのです。木戸の日記からは木戸が言上した内容はわかりませんが、天皇の両総長勇退の御意図に賛成であったことは確かです。翌17日、侍従武官長の蓮沼蕃が呼ばれ、昭和天皇からその実現方を指示されます。

その時点では陛下はご存知なかったけれども、米内内閣が倒れたのは、参謀次長の沢田茂と陸軍次官の阿南惟幾が共謀して、閑院宮にお書き頂いた辞職勧告文を畑俊六陸相に突きつけ、後任陸相を出さなかったからですが、閑院宮が参謀本部の部下に担がれているだけの存在であったことは、すでに明らかでありました。

海軍部内では、昭和天皇と博恭王とのご見解の相違が表面化したことは度々ありました。また、昭和天皇が国際協調を重視され、博恭王が国家主義的なお考えであったことは、今まで申し述べて来ました。昭和天皇は条約派的であられるのに対し、博恭王は艦隊派的お考えでありました。山本五十六は海軍航空本部長 海軍次官 として長く中央にあり、このことに気づいていない筈はありません。

それにしても、昭和天皇が、博恭王の更迭を木戸に言明なさった日と、山本が米内連合艦隊指令長官案を及川に進言した日が全く一致するのは、運命的でさえあります。

昭和天皇の指示を受けた蓮沼は、総長の交代を東条陸相と及川海相にはかります。東条は直ちに同意するのですが、及川は「博恭王」の交代は「絶対にこまる」として、9月19日朝、蓮沼を往訪して確答します。海相就任後まだ二週間の及川が、いくら天皇のご意向であるとは言え、博恭王に伺候して退陣を要求する勇気が無かったのだと考えられます。やがて、10月3日に杉山元が参謀総長に、伏見宮博恭王は留任となります。あれほど山本が日本の行く末の為熱望した。米内軍令部総長の実現は、ここに潰えます。

私が18才の時、江田島の海軍兵学校の一号時代、分隊監事 野村 実 大尉 (防大教授・文学博士)はこう結んでおられます。 昭和15年9月16日朝、山本が及川に、米内の連合艦隊司長官の先に軍令部総長が最終の目標であることを打ち明けていたら、及川は博恭王につぎのやうに言うことができなかっただろうか。

「侍従武官長が参りまして、陛下の思召しを伝えてまいりました。いまは元帥府は、伏見宮殿下 閑院宮殿下 梨本宮殿下のお三方で構成され、両殿下が軍令部総長と参謀総長であられますから、元帥府は全く有名無実となってをります。陛下は時局の進展とも関連し、軍事上の最高顧問である元帥府の確立を望まれ、両統帥部を臣下から任命し、両殿下がもっぱら元帥府にあられて、陛下をお助けいただくことを、ご期待しておられます。軍令部総長の後任としては、軍令部関係の勤務も多く、連合艦隊指令長官 海軍大臣 総理大臣 を歴任した米内が適任と考えますので、陛下にお願いして現役に復帰させ、総長に任命していただけたらと思います。」

とにかく 絶好のタイミングであったチャンスは空しく去った。野村分隊監事は「澎湃寄する海原の・5」 でも述べましたが、いつも水のやうに透明で静かな方でしたが、この時ばかりは、熱情溢れ、まるで自分が、海軍大臣及川古志郎になりかわったやうな迫力で文字を綴ってをられます。 日本をこの苦境に追い込んだ瞬間が、よほど胸に響かれたのでせう。

銀鷹会の席で70期の三浦 節さんと 「世が世なら、野村さんは海軍条約派の総帥になってをられたろうに。」と話しあったものです。 何故、何度も何度も 無き兒の年齢を数える愚を繰り返すのか。それは若い方々に、かってわが国には、決して戦わない、非常に強い軍隊があったことを知ってもらいたいからです。それは、『大日本帝国海軍条約派』です。私はいつも あの 「河合栄治郎」 の人生と重ねて見ています。


ー つづく ー


*☆*゚ ゜゚*☆*☆*゚゜゚*☆*

今後もこのブログをご支持下さる方は
人気ブログランキングFC2ブログランキング のクリックをお願い致します。

※姉妹サイト【日本を】『日本解体法案』反対請願.com【守ろう】では、様々な周知活動を行っております。

何卒皆さまの温かいご協力をよろしくお願い申し上げます。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 7
ナイス ナイス ナイス
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文
一阿の 「澎湃寄する海原の」 11 ガラス瓶に手紙を入れて/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる