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zoom RSS 一阿の  「薫陶(俳句とこころ)」 2/5

<<   作成日時 : 2012/06/27 07:00   >>

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「言葉といふものはポリフォニックなものです。」詩人那珂太郎は静かに語りだしました。

草野心平を中心に作られた詩のグループ「歴程」の第33回藤村記念 歴程賞の受賞記念会場です。「だから言葉で架空にある世界を生み出すことが出来る。」平成6年。この年に彼は詩集「鎮魂歌」の出版もあって芸術院賞、恩賜賞を貰いました。

「しかし『鎮魂歌』の場合主題は向うからやって来て文体を決定しました。私はこの詩を明瞭な意図を以て書いたのです。」
「それは僕の力より僕の若い時代に特別攻撃隊として死んで行った友人達が僕をそそのかして書かせたのかも知れません。だから鎮魂歌は自分自身の魂を鎮めるといった風合のものなのです。」
「私がニヒリズムを乗り越え得たとしたらそれは、国のために進んで生命を擲たれたそういふ人達のお陰なのです。」

詩人那珂太郎はそう言って話を終へました。彼がニヒリストであったこと は「那珂太郎」といふペンネームが示してゐるとユーモラスに語られます。「無かったろう。」に通ずるからです。

彼はかって海軍兵学校で我々に国語を教へました。日本が戦いに敗れた途端、反戦論者に早変わりし「自分は戦争に反対であった。」と軽く醜いことばを撒き散らす物書き達のなかで、教官は黙々と詩作にふけりました。

そして府立第十高女の作法室に森 澄雄と寝泊まりしながら生徒に国文学を教へたのでした。 詩人や文学者や俳人たちが出来るだけ軍隊との関わりを隠し大日本帝国の自国の陸軍海軍を手のひらを返すやうに忌み嫌い罵詈雑言をあびせる中で、自分は海軍兵学校の国語の教官であったことを誇りにされ、歴程賞受賞の時も自作の著書にも又色々の会合でも海軍との関わりを隠そうとはされませんでした。

寧ろ江田島の土を踏んだことを誇りにしてをられる風情だったのです。どうしてでせうか。詩人は美しいものを求めます。私なりに考えると、あの江田島の海軍兵学校がとても「美しかった」からではないか。

「古鷹山や能美島や江田内の影紫」もさることながら、それよりも人間の内なるものの「美しさ」ではないだらうか。「言い訳しないこと、裏切らないこと、黙々としていること(サイレントネービー)変節しない信念を持ってゐること。」 これは人間の景色として「美しい」に違いありません。

これに反し、己といふ小さな観念で、薄汚れたヒステリックな言葉を撒き散らし、自分の生まれた国を誹謗中傷して飽くことを知らぬ大江健三郎の如きは醜さの極 かもしれません。今や原発反対の大狼煙を挙げ、沖縄を反日反軍の拠点に構築した大功労者大江健三郎。これもまた文学者なのです。なんと大きな差でせう。一体この人は何処の国の人でせう。話がとびました。元に戻りませう。

「春うらら いのちあるもの みな悲し 黙魚」
那珂先生の句には目に見へるものと目に見へないもの、死者と生者の潜り戸を散策するやうな句が多く見受けられます。

卒寿になられる先生は、言葉そのものを 追求し続けられいまは、殆ど目は光を失はれ耳は音を失はれました。しかしその直前まで続けられたのは、「長島愛生園」の患者達の為の「詩」の添削の仕事でした。あとは全部切って捨てられたのです。それから暫くして、書店に「ハンセン病の人たちによる詩集」が並んでゐました。そして詩人の間で評判になりました。どこにも那珂太郎の名は出てはゐません。


(続く)

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