ガラス瓶に手紙を入れて

アクセスカウンタ

zoom RSS 一阿の 「年始の言葉」 2

<<   作成日時 : 2012/01/08 08:05   >>

ナイス ブログ気持玉 9 / トラックバック 0 / コメント 0

那珂太郎はかっての生徒達から受賞を祝福されると、ぽっと頬を染め「そんなことを言はれると困る」と恥入るのです。今上映中の「連合艦隊司令長官山本五十六」に、山本がやがて兵学校長に任命される井上成美第四艦隊司令長官にたいし若者の教育を真に頼むくだりが有りますが、井上が採った手段の一つが最優秀の普通科の教官を集めることでした。

その中の一人が那珂太郎(福田正次郎)でありました。彼は昭和18年東大国文を(徒然草小論を卒論 に)繰上卒業し、海軍第3期予備学生として土浦海軍航空隊にありました。

那珂教官を知ったのは、戦後40年程経ってからです。詩人 那珂太郎は「教官と言う呼名はどうも・・・」と辟易されますが、愚老は今でも「教官」と呼んでゐます。「先生」と言う言葉は薄汚れて使ひたくない。江田島 に入校した昭和18年、愚老は16才 那珂教官は23才だったのです。

そして戦前 戦中 戦後と言う激動の流れに関係なく、我が祖国 日本の美しい国体 歴史 そして言葉を追求し続けておられます。さて私のもとに一通の葉書がまいこみました。「もののふたちの字歴書展」。書家でなく、美術家の書展でした。画廊に 入り真っ先に飛び込んできたのは、教官の書でした。

「凪ぐ海のうれひの靡く藻のもだえの/なだれる波のなげきの白いしぶきの/無の泡立つ網の目の永遠の絵 模様の/夢幻のむらさきのむらさめの絃琴の/沙のさみしさの雪の花火のいのちの/うつせみのうなじのふるへる富士の/透明の塔の遠さのはての白鳥の羽の/羞らひのくれなゐの夕雲の夢の行方」

と自身の詩が書かれてゐました。この日本の言葉のイメージの美しさ、そして頭韻の見事な流れに無粋な愚老も心を奪はれて呆然と立ち尽くしてゐました。そし て手帳にこの詩を書き留めました。私が「詩」と言うものに触れた最初の瞬間です。


(続く)


*☆*゚ ゜゚*☆*☆*゚゜゚*☆*

続きが楽しみな方は
人気ブログランキングFC2ブログランキング のクリックをお願い致します。

※姉妹サイト【日本を】『日本解体法案』反対請願.com【守ろう】では、様々な活動を行っております。

何卒皆さまの温かいご協力をよろしくお願い申し上げます。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 9
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
面白い 面白い
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文
一阿の 「年始の言葉」 2 ガラス瓶に手紙を入れて/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる