佐藤 順 牧師の「歯磨きのライオンの創業者・小林富次郎」

 ライオン(株)創業者・小林富次郎(1852~1910年 埼玉県出身)は、神戸の石鹸製造会社で働いていた36歳の時、市内の劇場で行われたキリスト教の講演会に立ち寄った。その時の講師の態度、講演内容、会場の雰囲気などに深い感銘を受け、講演会を主催した多聞(たもん)教会に通い、受洗する(1888年)。

 3年後の1891年起業し、マッチ製造を手がけ、世界へ輸出しようとフランスから最新鋭の機械を導入した。ところが、1年分の原木も買い付け、川につなぎ止めて、いよいよ操業だというとき、大洪水が起こり、原木は一晩で河口へ流されてしまう。しかも、下流の橋を破壊したので、富次郎はその賠償責任まで負わされた。もはや自殺以外にないと考えた彼は、たもと一杯に石をつめ、橋の上から飛び込もうとした。ところがその時、聖書の言葉を思い出す。

「およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです」(ヘブライ12:11)。この言葉は、洗礼を授けてくれた牧師からのハガキに記されていたものだった。

今の苦難に遭遇することも、神はすでにお見通しであり、それを乗り越えさせるために、前もってこのハガキを送り与え、生死の瀬戸際で記されていた聖書の言葉を思い起こさせてくださった。その神の心くばり---愛が、自殺を思いとどまらせた。そして、危機的出来事を神の訓練として受け取った。「そうか、この試練は私を鍛え、成長させるためのものなのか」と。神は「平安な義の実」をこの目で確かめる日が来ると、約束してくださっている。それが分かった以上、彼はもはや死にたいとは思わなくなった。

富次郎は工場の機械を売却し、40歳にして再起、小林富次郎商店を開設、牧師から歯磨き粉の製造方法を聞き、これを研究して発売した。1896年には「ライオン歯磨」のブランドで歯磨き粉を発売、これが大ヒットし、今日のライオングループ発展の礎を築くこととなった。

この頃から弓町本郷教会に所属し、教会の活動を一生涯献身的に支え、会社には牧師を招いて社員たちにキリスト教の講話を聞かせる機会を与え、事業も信仰によって展開した。また、全国の孤児院や身障者施設に寄付し、自らの経験から禁酒を断行、晩年は伝道に熱を入れた。そのため信仰は一族に受け継がれ、その中から牧師や伝道者を輩出した。

 後年、富次郎の親族の一人はこう語った。「かつて石巻で、もし大洪水に遭遇せずマッチ工場が成功していたとしても、あれから百年後の今日、マッチの需要は燃料革命によってジリ貧の一途をたどるばかりだったわけです。それを思えば、信仰によって試練を乗り越え、忍耐し、石鹸関連業種へと事業転換を決断したことは、まさに神様の導きと言うほかはありません」と。

[参考文献] 『ライオン百年史』(1992年、ライオン株式会社)
『弓町本郷教会百年史』(1986年、同教会刊)


―おわり -

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