「兵学校精神とキリスト教」(備洋会<海軍兵学校 広島県連合クラス会>2001年9月の講演より)④/7

 戦後、人生の本当の意味を見出そうと、真理を追及しようと、真剣に聖書を読んだのが父である。その父が知らなかったのは、兵学校の校長、井上校長が戦争中、聖書を、線を引きながら読んでおられたということだ。井上校長は、「この戦争において、あの若者たちに、死ねと言えますか」と語っておられ、人生の真理を聖書に追及されたのだ。

 そしてもう一人、聖書によって変えられた人物を御紹介したい。それは、淵田大佐(ダイサ)、真珠湾攻撃の総指揮官である。戦後、3,4年した頃、淵田さんは畑仕事をしながら、軍人として敗戦に対する責任を感じ、また、「日本はどこで間違ったのか」を考えておられた。

 ある日、淵田さんはアメリカ軍の捕虜となっていて、帰国した日本兵から一つの話しを聞く。それは、捕虜のキャンプに、20歳位の一人のアメリカ人の娘さんが現れ、日本人捕虜の病人に親身な看護をしてくれた。日々の貢献ぶりに捕虜たちは皆心を打たれ、3週間を過ぎた頃、なぜそんなに親切にしてくれるのかを尋ねた。すると娘さんは、「両親が日本軍に殺されましたから」と答えたという。

彼女の両親は戦争中、宣教師としてフィリピンにいたが、フィリピンの山中で日本軍にスパイと疑われ、斬殺(ざんさつ)された。死ぬ前に両親は30分の猶予をもらい、聖書を読み、神に祈ってから処刑された。そのことをアメリカで知った彼女は、憤りと悲しみで胸が張り裂ける思いだったが、やがて両親の、死ぬ前の30分の祈りは何であったかに思い至った時、憎悪は人類愛に変わったという。

 いったい、この宣教師が日本軍に殺される前の30分の間、どんなことを神に祈ったのだろうか。その答えは、淵田さん自らが聖書に見出すことになる。なぜ、憎しみが愛に変わるのか、それを知りたいと自ら聖書を購入して拾い読みすると、ある句が目に止まった。それは、キリストが十字架上で、自分を十字架にかけた者たちのことを「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」(ルカ23の34)と祈った場面である。

あの宣教師がフィリピンで殺される時、祈ったのは「何をしているのか、わからずにいる日本兵をおゆるしください」であったはずだ。そして、そのことを知った娘さんもそのことに気づいたとき、かえって日本兵を哀れみ、愛の介護をしたのだと。また淵田さんは、「このキリストの祈りは、私のための祈りでもある」と感じた。それまでは、愛国という名のものち、多くの人を殺してきた。しかし、罪のない神の子キリストが十字架にかかったのは、私のその知らずに犯していた罪を身代わりになって負われたことだったと知ったのだ。



― つづく -


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