「兵学校精神とキリスト教」(備洋会<海軍兵学校 広島県連合クラス会>2001年9月の講演より)①/7

このたび、初めて牛込キリスト教会の佐藤順牧師からお手紙を頂きました。佐藤順牧師はご尊父が海軍兵学校75期生として学ばれた方です。ご尊父もまた、牛込キリスト教会の牧師として働かれた方でした。

読者の皆様の中には、キリスト教会と愛国的な考え方は相容れないものだという先入観をお持ちの方がいらっしゃるかもしれません。しかし、このお手紙を読まれた方はおそらく、そのお考えを新たにされることと思います。

日本人の誇り、気高さ、武士道、そして何より兵学校の精神といった、国を思うお志が強く深く感じられるお手紙です。
7回に分けて連載しますので、どうぞ最後までお読みください。
よろしくお願い致します。
〔しーたろう〕


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「兵学校精神とキリスト教」(備洋会<海軍兵学校 広島県連合クラス会>2001年9月の講演より)

A. 
1. 日本人が誇るべき海軍の伝統に「真実を愛する」というのがある。父は『江田島310分隊記念誌』に以下のようなことを記している。

「入校教育三週目の夜『本日、起床動作前に、靴下をはいていた者は、自習中休みに、総員雨天体操場に集合せよ。』の達示があった。」起床動作(寝巻きから着替えて作業服に身をかため、靴を履き、帽子をかぶり、寝室を飛び出す)を2分30秒以内で終えるため、着替えの時間を短縮するために、父はその日初めて、靴下をはいてベッドに入って寝たという。いつもは「時間に遅れた者は…」であったが、その日に限って、「起床動作前に靴下をはいていた者」が呼び出された。しかも、寝る前に靴下を履いていたかどうかなどは、本人しか知らないのに、驚くほどの数の生徒が集まり、鉄拳制裁を受けたという。

 人が見ていようがいまいが、「心に恥ずる者は出て来い」ということが江田島精神であり、気高い侍の精神である。

2. なぜ人は、このような気高いものを求めるのか。それは、もともと人間には、神の子としての冠を与えられているからだ。旧約聖書(詩篇8 :6)には、「(神は) 神に僅かに劣るものとして人を造り、なお、栄光と威光を冠としていただかせ」とある。神に創造された私たちは、神と同じ性質を受け継いでいる、だから卑しいことを恥じる心がもともと備わっている。父は、「心に恥ずる者は出て来い」と言われ鍛えられた江田島で、キリスト教のスタート・ラインを学んだ、と言っている。


― つづく -


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