ガラス瓶に手紙を入れて

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zoom RSS 一阿の 「つらづら草」1

<<   作成日時 : 2019/01/12 08:14   >>

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1月7日は七草粥、薺粥(なずながゆ)の日でした。子供の頃、昭和10年ころでしようか、三宝に大きな丸餅を二つ重ね、白昆布に伊勢海老を添わせ、葉つき蜜柑をお餅の上に乗せてゆく母の手元を見ながら今年のお年玉は何十銭貰へるか胸をふくらませてゐました。床の間の柱には「まゆ玉」を付けた小笹の枝がめでたく飾ってありました。先日 デパートでマユ玉を売ってますかと受付孃に尋ねると「マユ玉ってなんですか?」 とキョトンとしていました。 色んな人に聞いていましたが結局分からずそのデパートを後にしました。

嫁が君/昭和は遠く/なりにけり。一阿
「嫁が君」とは正月三が日の台所で騒ぐ鼠のことで、新年の季語です。「マユ玉」と言い「嫁が君」と言っても、もう通じなくなりました。

ふる雪や/明治は遠く/なりにけり 中村草田男

大正も/遠くこそなれ/梅香る 黙魚(故那珂太郎・海軍兵学校国語教官・詩人芸術院会員・萩原朔太郎研究会会長) 。

愚老の子供の頃、家は神戸の長田神社の近くにあり貧しくも無く豊かでも無いまあ中産と言った家でした。でも 今の暮らしに比べると、不便でしたが(家の前を馬車が荷を曳いて通ってゐました。)戦前の方が何だか豊かであったやうな気がします。今は便利になったが寧ろ貧しい生活かも知れません。スーパーマーケットに行くとビニールにくるまわれたお正月用の供え餅が綺麗に並んでゐて、わざわざ飾り餅を作る必要はありません。

持ち古りし/父の日記や/薺粥 一阿

私事で恐縮ですが、父は27才で逝き愚老は2歳、父の顔を知りません。ただ父は私の為に三冊の日記帳を残して呉れました。 最近 また此の日記帳を読んでゐます。27才の父の日記を93才の息子が読んで教えられてゐます。

決して軍国主義ではなかった大正時代に生を受けた父は「・・・人生の究極は泣き笑いかも知れない・・・」 の次に「・・・私は文学を通してお国に奉仕したい・・・」と 書いてあります。

大谷大学の英文学の教授でした。親友の吉川幸治郎は神戸一中から、父は神戸二中から行きました。

― つづく −


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