一阿の 「友人の死」Ⅱ

友人と私は少年時代神戸二中(旧制)で学んだ。神戸二中はラグビーが強かった。同志社から神戸製鋼のラグビー部へ、が彼等の道だ。港の近くの東遊園地で一中と戦って何時も勝った。勝つ度に校歌を高らかに歌った。

神戸二中のことは芥川賞作家庄野潤三の「早春」に委しい。小磯良平や東山魁偉も二中の卒業生だ。校歌は「名も千歳にかんばしき 湊川原の片ほとり・・・」ではじまり、「質素の風を帆に孕み、勤倹の海漕ぎ行かむ」と続く。嗚呼忠臣楠子の墓(水戸光圀直筆=湊川神社)で有名な楠木正成の故事になぞらへた校歌である。

メロディーは「勇敢なる水兵」のそれをそのまま使ってゐる。昭和10年代若者達は好んでこの歌を歌った。今で言へばスマップやエグザイルの歌を歌ふやうにである。日清戦争の黄海海戦を叙述した佐々木信綱の詩のこころををしばし味はって頂きたい。

「勇敢なる水兵。一、煙も見えず雲もなく/風も起こらず波立たず/鏡の如き黄海は曇り初めたり時の間に/
二、空に知られぬいかずちか/波にきらめくいなずまか/煙は空を立ちこめて/天津(あまつ)日影も色くらし/
三、戦ひ今かたけなわに/勤め尽せる丈夫(ますらを)の/尊き血もて甲板はから紅(くれない)に飾られつ/
四、弾丸(たま)の破片(くだけ)の飛び散りて/数多(あまた)の傷を身に負えど/その玉の緒を勇気もて/つなぎ止めたる水兵は/
五、間近く立てる副長を/痛む眼(まなこ)に見とめけん/彼は叫びぬ声高(こえだか)に/「まだ沈まずや定遠は」/
六、副長の目はうるおえり/されど声は勇ましく/「心安かれ定遠は戦ひ難くなしはてき」/
七、聞きえし彼は嬉しげに/最後の微笑(えみ)をもらしつつ「いかで仇を討ちてよ」と/いうほどもなく息絶えぬ
八、「まだ沈まずや定遠は」/此の言(こと)の葉(は)は短きも/皇国(みくに)を思ふ国民(くにたみ)の/胸にぞ長くしるされむ。」

これは明治27~28年清(中国)と必死の思ひで戦った日本人全ての血の出るやうな願ひであったのです。「定遠」は清(中国)の巨大戦艦(ドイツ製・7335トン)の名前。わが国には当時「扶桑」(3777㌧)が最大であったのです。では何故清(中国)の李鴻章は慌ててこんな巨大戦艦を二隻もかれらの北洋艦隊に配備したのでせうか。それは今の日中関係と酷似してゐるのです。

つまり彼らは琉球列島を狙ったのです。今は尖閣列島です。ただ、違うのは、国民の意気込みです。今の政府も財界もマスコミも先ず口にする言葉は「中国」がどう考えるか? です。委しいことは Ⅲ で述べませう。


 注; 佐々木信綱の孫が佐々木幸綱、で例の俵 万智(『サラダ記念日』)の先生。
    

(つづく)


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