ティーケーの 「お年玉」

 電話しておった家内の話しを聞いていた。東京の孫に「もしもし、おばあちゃんだよ。今日イブだけれどもおばあちゃんのうちキリスト教徒ではないので、なにもあげないよ。新しい年になったら、お年玉あげる」とのことだ。孫は、何と返事したか分からない。ちょうど都合よく息子が電話口に出て、納得したようだった。

 まるで日本全国が、キリスト教徒になったようだ。いたるところに飾りつけの樅ノ木、電飾のイルミネーションがある。何でこんなに騒ぐんだろうと不思議に思う。最初は商業キリスト教徒だと軽蔑したが、どうも本気らしいと気遣いし始めた。

 平成22年12月24日(金) 産経新聞 小さな親切、大きなお世話 作家 曽野綾子氏 「知られざるイエスの屈辱」 を引用し、ご一考(いっこう)を願いたい。

  ―前略―私はカトリックの学校に育ったが、昔のカトリック教育がついぞきちんと教えなかったのは、イエスがユダヤ教徒だったという点である。イエスはユダヤ教を誠実に守りぬく意志を示しているが、同時に、信仰に生きた命を吹き込んだという点で、革命的な思想の持ち主であった。私が深く教えられなかった重大な点が告げるものは、マリアが許婚(いいなずけ)のヨセフと生活を共にしないうちに、天使のお告げによって懐胎した、ということである。その時から起こった深刻な社会的悲劇と差別をもろに受けたのがイエスの生涯であったということを、私は教えられなかった。

 当時、結婚式を挙げる前に、許婚同士が同居することはよくあったというが、そのような事実がないうちにマリアが身ごもったので、それはマリアがヨセフを裏切って他の男と通じた結果ではないかと人々が疑っても仕方がないところがあった。

 セム族の社会は、結婚までの処女性を深く重んじたから、マリアがヨセフという未来の夫がいながら、その人の子ではなさそうな子供を身ごもったとしたら、それはスキャンダル以上の危険なことであった。ヨセフが「マリアのことを表ざたにすることを望まず」マリアを「迎え入れ」なかったら、マリアは重大な社会的制裁を被っても仕方がない事件である。

 しかしマリアは、ヨセフの庇護(ひご)のもとに、世間的には2人の間の子供と思われる赤子を産んだ。ナザレという小さな、退屈極まりない村では、ちょっとした事件も簡単に人の口からも心からも消えるものではない。今なら、未婚の母は「新しい生き方でいいじゃないの」として受け入れられる。しかし当時、姦通(かんつう)は、石打の刑に処せられるほどの罪であった。だからいくらヨセフが庇(かば)っても、イエスはずっと「姦通の子」と疑われたまま成長した可能性は高い。それは現在の私たちには想像も出来ない屈辱で、イエスは出自のゆえに、犬の子、豚の子以下の侮辱を受けて一生を暮らしたはずである。

その苦しみを、私は教会から全く教えられなかった。私は後年、歴史的なユダヤ教を、ラビたちの口伝を2世紀に集大成した『ミシュナ』から学び、さらに後年同じセム族の意識を持つアラブ社会の現実に触れて、イエスの生涯の苦悩も現実的に見えるようになった。

日本人の見るクリスマスが、どれほど浮(うわ)ついたものか。イエスの生涯は、十字架上の苦悩の死だけではなく、いわれのない屈辱を一身に背負って生きることだったのである。(その あやこ)
かねがね疑問に思っていたことに対し、ずばり回答を与えた好論文である。これを手がかりに、キリスト教を考えたい。

(平成23年1月1日)

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※この記事は、ティーケーさまご自身で開設なさっておられる「日々随想」というブログより、最新記事の一つ前の記事を転載させて頂いております。
最新記事の方は「日々随想」にて是非ともお読み下さいませ。

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