ティーケーの 「第1種軍装で旅立った男」

 菊地万栄兄は東北地方の税務署に勤務し、郡山市を最後に定年退職。以後しばらく税理士として活躍、支持者 特に農協から期待を寄せられたと伺ったことがある。

 菊地万栄兄は、海軍兵学校 第75期である。弔辞の後、最後のお別れをした。その瞬間、この目を疑った。第1種軍装で身を固め、そして旅立ったのである。如何に江田島の生活を、大事に思ったか!しぜんに頭(こうべ)を垂れた。

 翻って我が身の程を考えると上着もズボンも無く、既に剣帯さえない。ただ、剣だけである。この剣を、最後のお守りにしたい念願である。自分の死後、悪霊が乗り移らないよう守り刀にしたい。

 後日、菊地万栄兄の奥様が江田島を訪れ、ご遺骨の一部を桟橋から江田内に鎮められたとのこと、さもありなんと思われる。いつだったか思い出せないが、菊地兄引率(いんそつ)の分隊を海岸沿いに見て「彼も元気にやっているな」と喜んだものだった。彼は、ずーっと江田島(1号時 エ505・2号時 エ604・3号時 エ106)だけにおった数 少ない例である。

 某日手紙に「桜散る 残る桜も 散る桜」と書いたところ、小出 崇(たかし)兄(故人)が、「この言葉は良寛の辞世だが、特に戦時中特攻隊のあいだに口ずさまれた」と、わざわざ新潟から電話を貰ったことがある。

 江田島の桜は絶景だ。桜並木を、真っ白の事業服で身を包み整然と行進すれば一幅の絵になる。もう一度、尋ねてみたい。

(平成22年12月25日)

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