九太郎の 『憂国の詞』-第七回-  「終戦と云う敗戦-前編」 3

『前編』                               
                       
● 日清戦争への「義の概念」    
                 
朝鮮は日本にとり重要な位置を占め我国の生存上無視出来ない国であります。

一方東洋の大国の清は中華思想により朝鮮を属国と見做して関わってきました。
此の様な関係の中に朝鮮国内も複雑な内紛が続き之による内乱に清国・日本共に朝鮮に派兵する状態が続いていましたが、明治18年に日清間で天津条約を締結し相互に無断で朝鮮への出兵を自粛する事となりました。
     
斯くする中に明治27年(1894年)2月に朝鮮で、李朝政府に不満を持つ志士・農民による甲午農民内乱が起き朝鮮政府は清に派兵を要請し清は天津条約を無視し我国に無断で朝鮮に出兵しました。 

之を見た日本は同7月に日英通商航海条約を締結して英国の支持を取付け、同8月に清国に対し宣戦布告をして出兵し天皇自ら大本営を広島に進めて清軍駆逐の陣を張りました。 

建軍20年にして精鋭なる日本の陸海軍は清軍を朝鮮半島から駆逐し鴨緑江を越えて清国の遼東半島に迫り旅順を占領する外、清国山東半島の北洋艦隊の基地威海衛を占領し北洋艦隊を略全滅させ清は降伏しました。 

そして明治28年3月の下関講和条約により多額の賠償金の外に遼東半島や台湾及び付属の諸島を割譲させた外に、清国に対し朝鮮は清国の属国ではなく独立自主の国である事を認めさせました。

因に当時、戦勝国は戦敗国より領土の割譲と賠償金を獲得する事は常識でした。


(続く)

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