ティーケーの 「船中八策」


一、天下の政権を朝廷に奉還し、政令よろしく朝廷より出づべし
一、上下議政局を設け、議員を置きて万機を参賛し、万機よろしく公議に決すべし
一、有材の公卿(くぎょう)・諸侯及び天下有名の才を顧問に備え、官爵を給い、よろしく従来有名無実の官を廃すべし
一、外国の交際、よろしく広く公議を採り、新たに至当の規約を結ぶべし
一、古来の律令(りつりょう)を折衷(せっちゅう)し、よろしく新たに無究の大典を選定すべし
一、海軍よろしく拡張すべし
一、親兵を置き、よろしく帝都を守衛すべし
一、金銀物価よろしく外国と平均の法を設け、よろしく富国の基をなすべし

-------木戸貫治、横井小楠(よこい しょうなん)、吉田東洋(よしだ とうよう)、勝麟太郎(かつ りんたろう)、久坂玄瑞(くさか げんずい)。龍馬がこれまでの出会いから学んできたことを見事に生かした、輝く結晶のような文章であった。新しい日本を具体的に思い描いて龍馬が書いたこの驚くべき八つの条文は『船中八策』と呼ばれ、やがて新政府綱領八策(しんせいふこうりょうはっさく)という明治政府の基本理念になっていくのである。

以上は、NHK大河ドラマ・ストーリー 龍馬伝 完結編から引用した。それに付けても連想するのは、五箇条のご誓文である。次に掲げよう。
一 広ク会議ヲ興し万機公論二決スヘシ
一 上下心ヲ一ニシテ盛ンニ経綸ヲ行フヘシ
一 官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメンヲ事を要ス
一 旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ
一 知識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ

昭和21年6月25日、衆議院本会議における日本国憲法の審議の初め、当時の吉田茂首相は御誓文に言及して、「日本の憲法は御承知のごとく五箇条の御誓文から出発したものといってもよいのでありますが、いわゆる五箇条の御誓文なるものは、日本の歴史・日本の国情をただ文字に表しただけの話でありまして、御誓文の精神、それが日本の国体であります。日本国そのものであったのであります。」(註:現在 国民体育大会の略称として国体を使用、本来は 国柄・国振り・主権または統治権の所在により区別した国家体制)

 昭和天皇は「人間宣言」・「神格否定」とマスコミ(マスゴミ)が騒いだ詔書について、次のように述べておられる。
 「それが実は、あの詔書の一番の目的であって、神格とかそういうことは二の問題でした。当時はアメリカその他諸外国の勢力が強く、日本が圧倒されている心配があったので、民主主義を採用されたのは明治天皇であって、日本の民主主義は決して輸入のものではないということを示す必要があった。日本の国民が誇りを忘れては非常に具合が悪いと思って、誇りを忘れさせないためにあの詔書を考えたのです。初めの案では、五箇条の御誓文は日本人なら誰でも知っているので、あんまり詳しく入れる必要はない思ったが、幣原総理を通じてマッカーサー元帥に示したところ、マ元帥が非常に称賛され、全文を発表してもらいたいと希望されたので、国民及び外国に示すことにしました。」

昭和天皇、昭和52(1977)年8月23日の会見

(平成22年11月20日)

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