九太郎の 『憂国の詞』-第七回-  「終戦と云う敗戦-前編」 1

過日は第65回目の敗戦記念日を迎えました。 この事について些かの感想を述べて見たいと思います。

テレビ等のマスコミは相も変わらず、挙げて自虐的の中にロマン的・懐古的とも思われる論調を以て「終戦悲話」を流しました。
敗戦と云う究極の屈辱的現実を、誰が何故に終戦と言い換えたかについての詳細は私の知る限りではありませんが、私は下記の通りに理解しております。

日本を勝ち目のない戦争へと余儀なき道に導入し、そして完膚無きまでに叩きのめされた挙げ句に、尚も本土決戦そして一億玉砕と日本民族の滅亡に至るまで竹槍で戦えと狂信的に国論を主導して参った一部の軍人指導集団が叫ぶ中を、天皇は之等集団を排してポツダム宣言を受け入れ、実質的に無条件降伏をして民族の滅亡を免れたのであります。

此の事につき前記狂信的な軍人指導集団に於いては、日本は玉砕に至るまで戦う積りでいたものを天皇のご聖断により「心ならずも」戦争を終止したもので、従って敗戦ではなく自ら戦争を止めた、即ち終戦であるとの理屈でありましょうか。

扨て敗戦より65年、その間には日本は世界、特に一番身近な国である中国、韓国には多大の贖罪をして参りました。 それにも拘わらず之等の各国は今以て反日キャンペ-ンを繰り返し、歴史を風化させまいと日本を指弾しております。

之に対し日本は自虐集団を先頭に専らに平身低頭して謝って参りました。 そしてその挙句に昨今では日本はその栄光の進路をも見失い日本自滅論まで出る情けない状況となって参りました。
  
戦後65年と云う事は敗戦時に生まれた者が還暦を過ぎる年になったと云う事であります。 現在の菅総理も戦後生まれと云う状態であります。 斯くて過去の戦乱世代に波瀾の青春を送った私共は、過去の戦争の真の実体経過を晒して理非を質し次世代に伝える義務を感じ、諸論交錯する中を敢えて以下の所信を記す次第であります。
  
先ず以て今尚日本人全体が悪者として誹られるのは何故でしょうか。 それは日本として自らに戦争責任の総括をして区切りをつけていないからであります。

嘗て日本と枢軸同盟を結んで戦って敗れたドイツの指導者ヒットラ-は、ロシア軍がベルリンに侵攻するに及び地下壕の一室で軍の高官の侍る中をピストル自殺を遂げ、もう一つの同盟国イタリ-の指導者ムッソリニ-は民衆に捕らえられ宙吊りにされて終えたと云われます。 之に引き換え日本の指導者はどうでありましたか。

敗戦と共に一億総懺悔の合言葉が出現し今回の戦争責任は、軍の最高指導者も、之に駆り立てられて「無益の戦」に苦しんだ一兵卒も、特攻隊の若者も、果てはサイパン、沖縄で玉砕した民間人、そして無差別爆撃で焼死した民間人、そして原爆で命を落とした民間人も凡て同罪であるかの如き風潮が生まれました。

更には神道とは死者に鞭打たずの理念の下に、戦争を主導したA級戦犯も刑死後は靖国の社に祭られて国民の尊崇を受ける立場に治まりました。 靖国神社とは国の為に戦場で心ならずも命を落とした将兵を祭る場であります。

戦後の日本が過去の戦争への立場について何を申しても世界の理解を得られるのが困難であるのは、凡ての日本人がこの曖昧な態度で過ごして参った事に由縁すると思慮する次第であります。そしてその総括の後にこそ私共は日本の立場と国益に立って物を云える立場となる事を忘れてはなりません。
                                    
扨て栄光の日本の歴史は如何なる過程を経て栄え、そして如何なる過程を経て此の様な始末になったかを以下に極く大雑把に検証して参ります。


(続く)

*☆*゚ ゜゚*☆*☆*゚゜゚*☆*

続きが楽しみな方は
人気ブログランキングFC2ブログランキング のクリックをお願い致します。

※姉妹サイト【日本を】『日本解体法案』反対請願.com【守ろう】では、様々な活動を行っております。

現在は、「意見書文例:『新潟・名古屋への中国領事館移転の反対意見書』」を公開し、関係機関へ送信中です。

何卒皆さまの温かいご協力をよろしくお願い申し上げます。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 5

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス
ガッツ(がんばれ!)

この記事へのトラックバック