恕兵衛の 「生と死を巡る若き海軍士官の覚悟」1

 戦後の日本は命と金のみを重んじそれより大切なものもあることを、教えて来なかったし、考えて来ませんでした。
 我々兵学校出身者75期でもそれをはっきり自覚していた人は少なかったのではないでしょうか?

 福田赳夫首相の時「連合赤軍」の一派がダッカ日航機ハイジャック事件を起こし(1977年9月28日)、人質の身代金600万ドルと日本で服役拘留中の日本赤軍メンバーを含む9名の釈放を要求、日本政府は犯人達の要求をまる飲みし、犯人6名が身代金とともに特別機でダッカに送られたという事件があったことは、憶えておられる方も多いと思います。

 此の時福田首相の吐いた言葉「人命は地球よりも重い」が有名です。これほど戦後の日本的価値観を表現しているものはありません。此の事件の後、釈放された犯人達が同様の事件を起こし、日本の態度は国際的な非難と軽蔑を呼びました。西欧その他諸国は特殊部隊を使って犯人たちと戦い人質を救出しています。その息子の世襲首相も「人の嫌がることはしない」という態度で外交問題を処理しようとしたことも思いだされます。

 75期の期友の多くが戦後日本の経済的・産業的復興に貢献されたことは誇らしいことと思います。しかし戦争の体験を少しは潜ってきた我々も「命より大切なものもある」ことを考え、それを伝えることをなおざりにしては来なかったか? 今それを痛切に反省します。

 我々も昭和20年、卒業を目前に死の覚悟を迫られた時、どう思い、対処しようとしたか、それについては後に述べたいと思います。


 平成22年8月19日(木)偶然MXテレヴィを点けた所、石原都知事と池田武邦氏の対談(1時間)が始まるところでした。池田武邦氏は海軍兵学校72期、我々75期の入校(昭和18年12月1日)の2ヶ月程前9月に兵学校を卒業、殆ど直ぐに軍艦矢矧(軽巡)の艤装員として着任、マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦に参加、次いで20年4月7日、第2艦隊(大和以下)の沖縄特攻で矢矧が沈むまで、艦の乗り込みを全うした方です。池田氏はここ数年方々で講演や「桜チャンネル」他幾つかのTVにも出られています。

 今度の戦争に生き残って、戦後復員輸送に従事していたところ、帰港時、港に父上(山本五十六大将と兵学校同期・第1次大戦時地中海派遣艦隊にも参戦)が大学の入学志願書を持って見えられ、「大学を受けて見ろ」との勧めで、東京大学工学部建築学科に入学。以後霞が関ビル、京王プラザホテル、ハウステンボス等々の建築を設計、(株)「日本設計」を立ち上げ、社長として同社を経営した戦後の代表的建築家です。


(続く)


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