蒼海の 「中国水泥の旅」-同行九人、五千キロ- 二 簡体字 1

 中国は、漢字のルーツの国であり、漢字文化を受け継ぐ日本においては、漢文を、高校教育の正課の一つとして位置づけている。

 特に戦前の教育を受けた私どもは、漢文に関する限り、読みかつ解釈することには、大きな抵抗を感じない。

 だが、今日の中国は、漢字は簡体字に置き換わり、北京空港に降り立っても、その文字の判読に、先ず戸惑いを感ずるような状態だ。

 私が、初めて簡体字に接したのは、約三十年前の昭和四十年である。当時自力更正を標榜して、躍進を遂げようとしていた中国は、外国の技術の吸収に意を用いていた時代であった。

 その一環として、中国より電子顕微鏡の調査団が日本に派遣された。調査団は、日本で電子顕微鏡の製造メーカーとそれを使用している研究施設を訪問するスケジュールで行動した。

 当時、私は川崎製鉄の研究所で、電子顕微鏡を利用する研究に従事しており、社外からもその成果が評価されていたため、電子顕微鏡の製造メーカーを介して、中国調査団の受け入れの可否の問い合わせがあった。

 国交のない中国の調査団受け入れについて、社内には若干の異論もあったが、最終的には、受け入れを決めた。

 調査団は数人の技術者で構成されていたが、挨拶のときに渡された名詞と若干の資料を見て、これが噂に聞く簡体字だという実感を味わった。

 だが、簡体字には、それまで使われてきた漢字と似ても似つかぬ文字があり、漢字で書かれた文書なら、何とかその意味を判読する自信はあったが、簡体字の文書は、皆目意味を把握することができず、お手上げだと思った記憶がある。

 前回の中国訪問は、期間も短かったこともあり、簡体字にあまり興味を示さなかったが、今回は、期間も長く、かつ中国人の通訳が同行してくれたため、少しは、簡体字に慣れるように意を用いた。

 先にも触れたように、毎朝の散歩を書かさなかったので、散歩の途中看板等に書かれている文字を、自分なりに判読して、毎日同行するR女史に確認するということを繰り返した。

 そのうちに、何かよい字引でもないかと思い、徐州でR女史に書店でよい辞書が見つかったら購入するよう依頼したところ、R女史は快く引き受けて、依頼したその日に、「新●字典」(注一)を購入してくれた。

新●字典は、六六一頁のポケット版で、装幀はあまりよくないが、字典とし十分な機能をもっている。
 新●字典では、簡体字は、アルファベットの音順に記載されており、字を検索する場合、音からの検索と、部首・画数からの検索の二つの方法が用意されている。

 音による検索は、中国語の発音を知らないとできないが、日本の漢和辞典でも使われている部首・画数索引であれば、何とか使えそうなので、もっぱらこの方法で、簡体字を理解するようつとめた。

 この字典を入手してから、列車で移動するようなとき、字典の初めから、覚えておいた方がよいと思われる文字を抽出し、記憶に止めるよう努力した。

 そのときの知見をもとにして、次に簡体字で比較的興味のありそうな二・三の話題を紹介する。

 元素については、原則として一文字で表現する方法が採られている。これは、簡体字の特徴というより、中国語の特徴かとも思うが、日本語にはないユニークな発想だ。

 そのものが気体の場合は、「きがまえ」の中に、種々の文字を填め込んで区別している。例えば、窒素の場合は、填め込む文字は「炎」、酸素の場合は「羊」、ネオンの場合は「乃」、クセノンの場合は「山」といった具合だ。

 このような取り扱いは、気体分子の場合にも見られる、その例として、アンモニアの場合、「きがまえ」に「安」の文字を填め込んでいる。

 金属元素は、「かねへん」で旁の文字を変えて表現する点、日本で一字で現す金属元素と同様であるが、部首が簡体字では略されているため、若干戸惑うことがある。

 また、日本語では、外来語を仮名書きで表現し、対応する漢字がない場合が多いが、中国の簡体字では、これを克明に一字で表現している点が、大きな差異といえるだろう。

 例えば、アルミニュウムは、日本語では仮名書きであるが、簡体字では、「かねへん」に旁は「呂」、モリブデンは、「かねへん」に旁は「目」である。

 アクチノイド元素となると、百五番元素まで、克明に一文字で表現しているが、百六番元素以上になると、「Unh」、「Uns],[Une]と英文字を使った表現に変えている。

 非金属は、「いしへん」で旁の文字を変えて表現する点、その取り扱いは金属元素と同様だ。

 例えば、珪素は、簡体字では、「いしへん」に旁は「圭」、砒素は、「いしへん」に旁は「申」である。

 若干例外的なのは、常温で液体の臭素と水銀である。臭素は、「さんずい」に旁は「臭」で、液体としての性格を表現した形をとっているが、水銀は、「汞」の一字を当てており、両者の間には、差異が認められる。

 元素を、その性質を加味して、一文字で表現する体系は、日本のように、漢字、仮名が混じり合った体系よりシンプルな体系といえ、慣れてしまえば、案外覚えやすいという利点もあるようだ。
 
 漢字から簡体字への移行の実態を、「あめかんむり」の文字を例に少し眺めてみよう。

 漢字の「雲」は、簡体字では、冠をとって「云」と略されている。例えば、地名の「雲南省」は、「云南省」といった表現になっている。「電」なども同様に取り扱われており、簡体字では、冠が省略された「▲」という文字になっている。
 だが、「あめかんむり」の漢字がすべてこのような取り扱いにはなってはいない。その例として、「零」、「雷」などのように、冠をとった場合、「令」、「田」となるので、従来からある「令」、「田」との区別ができなくなる。このような文字は、従来の漢字のまま残されている。

 簡体字で、部首が簡略化されているのも、大きな特徴だ。

 部首については、現在日本の常用漢字では、最大画数が十七画であるが、簡体字の場合、最大画数は十四画で、日本の場合以上に簡略化されていることがわかる。

 先に述べた「かねへん」を始め、「いとへん」、「ごんべん」、「しょくへん」、「うまへん」など比較的よく使用する文字の部首が変わっているので、読みにくいこと甚だしい。変えた理由は正確には明らかでないが、若干画数が少なくなっているのは事実である。だが、この程度のことで漢字を置き換えてしまう意義が、果たしてあるのか、若干理解に苦しむところもある。

 部首に関して、矛盾ではないかというような例がある。それは「かねへん」の場合で、簡体字では偏は簡略化されているが、元素の金は、従来通り「金」一文字が用いられている。

 その結果、本来、「かねへん」は金属に由来する文字を識別する部首と理解されてきたが、簡体字の「かねへん」は、本来の意義を失って、一人歩きをする形になってしまっている。

 このような例から、簡体字は、字画を少なくするということを優先的な命題として、無理に仕上げた体系のように思えてならない。



注一 新●字典は、北京商務印書館が編集したもので、初版は一九五二年に発行されてお  り、徐州で入手したのは、一九九二年に改訂された最新版である。定価は四元で、邦  貨に換 算すると約五十円である。
   新字典の日本版は、「新華字典」の名称で、東方書店より出版されている。現在  市販されているものは、中国の一九七九年版をもとにしたものであり、定価は千六百  円で、中国の字典の約三十倍である。
 
● 化の下に十を書く

(続く)

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