蒼海の 「老いの一徹」 1
子供の時から、三日坊主といわれた私ですが、この十年余、一度決めたことを、黙々として、継続してきており、”継続は力なり”などの友人に自慢している今日この頃です。
なぜ、三日坊主から開放されたのかはわかりませんが、思い立ったことを、次から次へと試みながら継続し、その成果があらわれてきていることを、喜ばしい限りであると思っております。
次に、この十年余、どんなことを継続してきているか、順を追って眺めてみます。
まず、リタイアした直後に始めた、朝の散歩は、当初、犬のお供のような形でしたが、犬が死んでからも、その範囲を拡大し今日に至っています。
どんな効果をもたらしたかは、定性的に説明することは難しいですが、規則正しい生活パータンを形成するきっかけになったことは否定できません。
現役時代から、リタイア後は、体の末端(頭、指先、足)を鍛えることが必要だと認識していたので、散歩の継続は、この認識の一環として、心身の老化防止に役立っていることは事実のようです。
次にあげられるのは、腕立て伏せ三十回への挑戦です。十七八年前、元三菱商事のO氏の勧めで始め、最初は二三回でも、苦しく思いましたが、順次回数を増やし、二三年かけて、公称三十回を達成しました。
このお陰で、腕を使う作業を、難なくこなすことができるようになっています。
(続く)
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なぜ、三日坊主から開放されたのかはわかりませんが、思い立ったことを、次から次へと試みながら継続し、その成果があらわれてきていることを、喜ばしい限りであると思っております。
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まず、リタイアした直後に始めた、朝の散歩は、当初、犬のお供のような形でしたが、犬が死んでからも、その範囲を拡大し今日に至っています。
どんな効果をもたらしたかは、定性的に説明することは難しいですが、規則正しい生活パータンを形成するきっかけになったことは否定できません。
現役時代から、リタイア後は、体の末端(頭、指先、足)を鍛えることが必要だと認識していたので、散歩の継続は、この認識の一環として、心身の老化防止に役立っていることは事実のようです。
次にあげられるのは、腕立て伏せ三十回への挑戦です。十七八年前、元三菱商事のO氏の勧めで始め、最初は二三回でも、苦しく思いましたが、順次回数を増やし、二三年かけて、公称三十回を達成しました。
このお陰で、腕を使う作業を、難なくこなすことができるようになっています。
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