蒼海の 「鈴木貫太郎の孫子観 7」

 この論理正しい鈴木大将の説明に対して、
南陸相は、二の句が継げず退散する羽目になったが、
これを伝え聞いた林司令官は、
すぐに自分の処置の責任に対して進退伺いを出した。

 この例から、鈴木大将は、軍にかかわる善悪の判断の基準を、
『孫子』の論理においていたことを窺い知ることができる。

 また、兵法と政治とのかかわりをどのように見ていたかについては、
侍従長就任前後の経緯を回顧するなかで、次のように語っている。

 「さて侍従長になって、どういうことをしてよいのか、
それすら自分には判らなかったが、
そのときの侍従職からいろいろ話を聞き、陛下のご日常のことを承り、
侍従次長をしていられた河井弥八君からたすけられて、
逐一河井君によってその日のことを修練することができた。

奉仕する道はただ誠心誠意真心でお仕えするよりほかに道なしと思って、
謹慎して奉仕しておった。

ただどうもわれわれには軍事のほかのことについては甚だうといので、
政治上の問題とか文芸の問題とかになると甚だ暗黒をたどるような気がして、
自ら顧みて恥ずかしいような気分がいたしつつ過ごしていました。

それでも細かいことよりも大要をつかんでおれば政治のことも
大して違ったわけでなし、
『孫子』の兵法や『六韜三略』を見ても、
その内容には政治の要綱も含んでいるので、
大きな問題もそのうちに判断できてきました。」

 と政治的な問題も、『孫子』などの兵法を基準として、
大綱を判断するという手法をとっており、はじめて『孫子』に接した鳥海時代から、
約四十年近くの間、付かず離れずの関係で慣れ親しんだ『兵法』が、
すべての行動の規範として活用されていることを物語っているのではないか。

 私は、鈴木大将を、昭和の海軍の上層部の要職にあった人々のなかで、
孫子を『規範』として行動した唯一の人物であり、
七十九歳という高齢にもかかわらず、
終戦という一大難事業を処理できたのも、
兵法にもとづく不動の信念があったればこそと、評価している。

(「鈴木貫太郎の孫子観」了)


※明日は新しい方の記事を公開いたします


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