蒼海の 「鈴木貫太郎の孫子観 6」

 この記述のなかで、三つの注目すべき点が含まれている。

 一つは、戦術の言葉で英訳された『孫子』の訳文の
是非をチェックしている点であり、
この訳文のチェックは、『孫子』の内容を、
十分理解している人でなければ不可能であり、
この文言から、鈴木大将の『孫子』に対する造詣の深さが察せられる。

 次には、「・・かえって日本人などはあべこべに『孫子』の兵法といったような
東洋兵学を顧みないようになって、・・」と書かれているように、
当時は『孫子』等は等閑にされ、西洋兵学を尊重するという風潮が強かったことを
示唆している点である。

 最後に、イギリス・アメリカなど諸外国のスパイ戦術すなわち
情報重視の戦術は、
『孫子』の用間篇が参考になったのではないかと、推量していることである。
この用間篇は、十三篇からなる孫子の最後の篇で、
私ははじめて『孫子』を通読したとき、
二千五百年前に、情報重視した孫子の理念に深く感激し、
その一字一句が、そのまま現代に通用するフレッシュさを感じた経験がある。

 そのような私の経験から、「自伝」を読むと、
鈴木大将に内在する孫子の価値観が
次第に浮き彫りにされてくるような感じを受けた。

 だが、「自伝」のなかでの『孫子』の記述はこれだけではない。

 侍従長在職中に起こった、林朝鮮軍司令官の越境問題に関して、
鈴木大将は大権干犯と断じたが、これを聞き知った南陸軍大臣の推問に対して、
『孫子』の文言を引用し、次のように述べている。

 「・・あれは林君の独断専行でやった、朝鮮軍が他に出兵するときには
勅命を報じなければできないだろう。
 勅命なしにやったのだから大権干犯に当たるのだと思う、
しかし独断専行には二つの種類があると私は思う。

軍の命令でこれから先のことは独断専行すべしという場合、
ある事柄が突発に起こって上司の命令を聞くことなしに
自分意見によって決行する場合は、
これは大権を無視してやったことでこれも独断専行である。

独断専行でも前の場合は別にとがめる必要はないが、
後の場合には一つの考えが加わってくる、
将帥の任に当たるものが大局から見て
国家のためにこうしなければならんという時に、
出でては王命にも従わぬことがあると『孫子』にいうとおり(注二)、

進んで名を求めず退いて罪を避けず一身を投げうってその責任に任ずる、
もし誤ったら刑罰に処せられることが当然で、
孔明が泣いて馬謖を斬るのもこれだ、
これがまた国家を救う時は、
責任を国家が許した場合によっては賞を与えられるかもしれぬ、

この二つの場合があるが、林君は後者の場合にかかる、
私は兵術上から出た独断専行の解釈はそうだ」
 

※注二 『孫子』地形篇(第十)第三段

(続く)

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