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zoom RSS 一阿の 「問わず語り」6

<<   作成日時 : 2015/09/17 07:00   >>

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散る花は/かずかぎりなし/ことごとく/光をひきて/谷にゆくかも。
上田三四二(大正12年)の和歌です。西行のやうに、吉野が好きで、この和歌も吉野で詠みました。飯田龍太とも仲の良かった三四二(みよじ)の和歌は日本人の心の奥にある「あわれ」を誘います。

「もののあわれ」は歴史とともに吉野の奥に眠っています。那珂太郎(大正11年)は あの世まで/つづく紺青の/空の夏 と詠みました。「平成3年、20世紀名句手帖 U」 に俳句寸感としてつぎのやうに言っています。

「・・・十代からの友人 眞鍋呉夫に誘はれ、六年ほど前から『雹の会』に参加し、俳句をつくることになった。・・・・全くの初心者と言ひ逃れはできないけれど、今でも自分の俳句は素人の域を出ないと自覚してゐる。

しかも、年に一度の小グループの書展に、自作の句を出すのを、慣はしとしているから、烏滸がましいと言はれても仕方がない。―あの世までつづく紺青の空の夏― などといふ言い回しは、修練を積んだ俳人はしないに違いない。これに季語は無いから、「の夏」と付ける。冬・春は論外、秋より夏の方をよしとした。そこに一拍おくから、「空」が 切れ となる。いかにも素人の語法といふほかあるまい。

書展でこの句を見て、半世紀余も昔の元海軍兵学校生徒だった知友がすぐ、戦争末期の神風特攻隊を連想した、と言った。これを意識して作ったわけではないが、言はれてみればなるほど、納得できた。付け足した、「夏」 の一語がそんな連想を喚起したのである。」

と。頭書の上田三四二の和歌は昭和44年ですが、わたし(一阿)はこのうたにも「無私の光」で神となられた神風特別攻撃隊の姿を重ねます。しかし、と那珂太郎は続ける。「戦争の記憶を持つ読者は、夏の空とあるだけで、あの敗戦の日の、青く深く晴れた夏空を思ひだすかもしれない。しかしそれは戦争体験を持つ読者のみに可能な感受であって、戦後に生まれ育った人にこれを求めることは無理、たぶん若者はここから戦争を連想することはないのではあるまいか。

ところでこの句、・・音読するとき「あの世までつづく」との対比から「紺青」は「今生」ときこえないだらうか。・・ これもまた、別の友人に指摘されて、はじめて作者に意識化されたことである。いはば作品の実質は読者によって作られるといっていい。」・・・ 。

わたし(一阿)はこれを延長して「国家」についても同じことが言へると考へています。だからこそ、教育が必要になるのではないでせうか。これをちゃんと知っている安倍さんは第一次安倍内閣の時から教育改革に手をつけました。「教育基本法」の制定です。

「サヨク」はこれが悔しくて仕方がありません。あの時代の安倍おろしは壮絶を極めました。今回の「安保法案」も全く同じです。「安保法案」が何故戦争法案なのか筋道を立てて説明もせず、感情剥き出しで、安倍首相を馬鹿野郎呼ばわりです、朝日、毎日、NHKはもとよりサヨクな学者・時事解説者・etc
・・・。

流石に、先日の新聞では外国人が「日本のリベラリズムは死んだ。」と「自国の首相に対して知性を抜きにして理由を説明もせず、呼び捨てにした上、馬鹿やろう呼ばわりをする山口二郎(法政大学教授は言語道断だ。」として、激しく窘められていました。恥ずかしいことです。

「我々は天安門広場で人権を無死し戦車で挽き殺されてもじーっと耐えて、決して主義の違う相手にバカやろう呼ばわりはしなかった。」サヨクな大人の一人山口二郎は何でも大人が守ってくれると勘違いしている子供の、稚戯に等しいことをしていると自覚すべきでせう。

今日(9/11)の新聞にも、中宮崇氏が「安保法案反対のデモに参加したサヨクな大人たちの中でも、法政大教授といふ教育者の立場にある山口二郎氏の言動はとくに驚くべきものであった。なんと学生たちの前で、安倍に言いたい!。お前は人間ぢゃない!。たたき切ってやる!」と差別や〈ヘイトスピーチ〉を超えた発言をしたのである。」と言っている。

これを聞くと、この後で出てくる純和種に対する外来種なんて悠長なことは言ってられませんが、わたしはこういふ種類の人間を外来種と呼びます。敗戦後、占領軍によって国語まで干渉を受け、カナ文字論者や、国内の外来種の協力によって、新仮名使いと言う、みょうな国語ができました。那珂太郎はこれに信念をもって反対しました。

上記、那珂太郎の文章に限り、厳格に旧仮名を使って書かれたことをお伝へして置きます。また仮名と漢字の使い分けも詩人の感性によるものと思います。日本の国語には微妙な感情の動きが表現される性質があります。わずか一字違ってもそのニュアンスは変ってきます。

戦勝国のGHQは独・伊の国語には全く手を加えませんでしたが、黄色人種の日本の文化には土足で踏み込んで、無礼にも改変を欲しいままにしたのです。これは銃器の弾と違いますので、国民には分かりません。しかし百年、五百年、千年経つと効果を現します。

「ぜんまいの/のの字ばかりの/寂光土」。川端茅舎は残り少ない生命の中で、古来からある薇(ぜんまい)に仏を見ました。この美しい音韻と、まるで薇(ぜんまい)の姿をした「の」の字をご覧下さい。「かたまって/薄き光の/菫(すみれ)かな」。渡辺水巴の句にも、小さな純和種の日本すみれの淡い温もりが感じられます。外来種の色あざやかな菫にではありません。千葉県鹿野山上の、可憐な日本すみれにこころを惹かれたのです。

たんぽぽも外来種が増え、背の高いしっかりした茎を持つ西洋たんぽぽばかりが、目につくやうになりました。外来種は草花や昆虫や魚だけではありません、日本の国に住む人の間にも増えてきました。勿論排他的なことを言っているのではなくて、こころの中の問題を言っているのです。

三年ほど前、中井洽と言う国家公安委員長がいました。陛下をお迎へする大切な式典で、少し陛下の入御が遅延遊ばされ皆起立してお待ち申し上げていたところ、こともあらうにこの男は「秋篠宮が座らんから我々も座れんのだ。」とぼやいたのです。新聞やテレビで報じられましたが、わたしは、怒り心頭に発すると言うよりも唖然としました。いくら民主党の暗黒時代とは言へ国民の「公序良俗」を取り仕切る「国家公安委員長」です。これなんかは、まさに外来種に数へられます。この悲しみは今でもはっきり覚えています。

詩人・那珂太郎は昨年の如月に亡くなりました。最後まで、新仮名の使用を拒否したことは有名です。最近奥様はこう申されました。「主人は、新聞社から文章を新仮名に書き換へてもよろしいですか。と質問を受けると、『厳しく、駄目だ。と断りました。出版業界でもそうでしたので、若い頃には仕事を失って、ときどき生活にも差し支えました。」と。

昨年、万緑のころ「那珂太郎を偲ぶ会」で奥様の隣に座られた大岡 信 夫人が「主人が今日あるのは、那珂さまのお陰です。」と深く頭を下げられるのを垣間見ました。大岡 信 はご存知のやうに「折々のうた」を新聞に連載した有名人です。まだ生活もままならぬ無名の大岡信を「ユリイカ」の伊達得夫に詩人として紹介したのは那珂太郎でした。

「俺が!俺が!」でシャシャリ出る人間が多い今の世の中で、那珂太郎(S18,海軍少尉海軍兵学校国語教官)は全く控え目で、優しく寡黙、その上遅筆でした。いつだったか、もう八十五才を越えておられたと思いますが、「歴程」の詩朗読会にお供したとき、最後に自作の「はかた」の朗読を終えて、参集した詩人達にこう言はわれるのでした。

「わたしは大正生まれで、かなり年を重ねました。目もよく見えませんし、耳も殆ど役に立ちません。私はすでに五官のうち二官は失っているのです。だからもう詩人ではないのです。ただ最後に申し上げたいのは、日本語の一語一語はみな、そのうしろに、深い歴史を持っていると言うことです。「はかた」T〜W のうち (T)のごく一部を載せます。

「 はかた (T) なみ / なみなみ / なみなみなみなみ / くらい波くるほしい波くづほれる波/ もりあがる波みもだえる波もえつきる波 / われて/ くだけて/ さけて/ ちる/ なだれうつ波の なみだのつぶの/ なみなみあみだぶつ/ なびく莫告藻(なのりそ)の つぶだつ記憶のつぶやきの/ 泡ときえぬ/ 沖つ潮あひにうかびいづる/ 鐘のみさきのゆふぐれのこゑ・・・・ 。あと 200行ほど続きますがここで置きます。

この詩は1971年那珂教官が、十数年ぶりに生まれ故郷の博多へ帰られたことがきっかけになって、作られましたが、自注でこう書いておられます。

「 T は『波』といふ語の自立運動に導かれて徐々に不在の『はかた』への接近をめざす。海のイメェジを示すこの語は、同時に 「無み」 といふ語意を含むが、無化された「はかた」への道ゆきは、古典詩歌の綾なす、くさり連歌によってすすめられる。・・・

以下、簡単に注を加える。
(解説) ☆われて/くだけて/さけて/ちる。 源実朝 〔金槐和歌集〕「大海の磯もとどろに寄する波―われてくだけてさけてちるかも―」

☆ 泡ときえぬ/沖つ潮あひにうかびいづる/鐘のみさきのゆふぐれのこゑ/
(解説) ☆ 『草根集』巻十、正徹 この歌の本歌として次の諸作がある。
『万葉集』第七 「ちはやぶる(金の岬)を過ぎぬともわれは忘れじ志賀(しが)の皇神(すめかみ)」
『古今集』第十七、よみ人しらず「(わたつうみの沖つ潮合に浮ぶ泡の)消えぬものから寄る方もなし。 自作「はかた」の本歌取りの解説が、「源氏物語」「芭蕉」「宗祗」「万葉集」「住吉神社由来記「伊勢物語」「古今集」等々続々と続きます。那珂太郎が「歴程」の会で詩人達に、くれぐれも言って置きたかったのは、このことだったのです。

文学といふものは、詩人の感性を、「ことば」といふマチエールで表現するだけではなく、その「ひとこと」「ひとこと」にみな深い歴史を担ってゐるのです。日本の歴史をもっと知らなければならない。俳句一つにしても、現代の俳人達はあまりにも芭蕉始め古人のうたを勉強しなさすぎる。日本の正しい歴史を知らなすぎる。そう仰有りたかったのです。

わたしは上田三四二の和歌から少し「ことば」について考へて見ました。文人でも詩人でもないわたしが、難しいことは分かりませんが、新仮名遣いになってから、何か戦前の歴史的仮名遣いに比べて楽な代わりにいつも胡座をかいているやうな後ろめたさと頼りなさを感じます。これは、戦に負けて、かっての敵GHQにやられたことです。それも今となっては、大正生まれの老人の愚痴と言われるかも知れません。

しかし、仮名遣いには新仮名遣いと歴史的仮名遣いがあって、わたしは新仮名遣いがいいと思うから今の仮名遣いにしている。とちゃんと自分の意見を持つことが必要です。世の中には、デジタルとアナログがあります。昔友人にどこが違うんだ。と聞いたら、友人は「デジタルは不連続でアナログは連続だ。」と教へてくれて感心したことがあります。

生きてゆく為には両方いります。それは自分自身の取捨選択できめることです。最後に言いたいのは、絶対に他人のことばに左右されないことです。自分の意見を持つこと、特にマスコミには左右されないことが大切だと自分に言い聞かせています。


― つづく―

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