ガラス瓶に手紙を入れて

アクセスカウンタ

zoom RSS 一阿の 「こけし」 Y

<<   作成日時 : 2014/03/06 07:00   >>

ナイス ブログ気持玉 8 / トラックバック 0 / コメント 0

− 第一次世界大戦の海軍の役割 −

第一次世界大戦が勃発する大正3年初頭シーメンス事件が起こり山本権兵衛内閣は総辞職する。代わって第二次大隈重信内閣に入閣した八代六郎中将は山本権兵衛と斎藤実 前海相を予備役に編入することになった。八代は気心の知れた秋山真之少将の次官就任を強く望んだが秋山は自分には敵が多いとして鈴木貫太郎少将の昇格を主張した(鈴木貫太郎自伝)。

それで大戦を迎える海軍省の陣容は八代・鈴木次官・秋山軍務局長となった。サラエボで皇太子を暗殺されたオーストリアがセルビアに宣戦布告して(1914年7月28日)大戦の炎がヨーロッパを襲った時日本の国策は満州 朝鮮の権益を守り、南アジア・東太平洋へ発展しつつある民力(移民と貿易)を擁護拡張することであった。そのため日英同盟を確実にする要があった。想定敵国は露・米・独・仏だ(初度決定の帝国国防方針)。大海軍の建設を希求したドイツ皇帝ウィルヘルム二世は黄禍論を唱え、太平洋にも精鋭な艦隊を送り込んでいた。シュペー中将の率いる太平洋艦隊は膠州湾の青島軍港を基地としていた。

しかもマーシャル・カロリン・マリアナ諸島はドイツ領土であった。開戦時シュペーは旗艦「シャルンホルスト」に座乗して東カロリン諸島のボナペ島にいた。当時メキシコは市民革命の最中で政情不安の為列強は居留民保護の為軍艦を派遣していた。日本は巡洋艦「出雲」を、シュペーは「ライプチヒ」を送り込んでいた。あの「エムデン」は開戦の時母港にあり、戦時任務を帯びて対馬海峡に出撃しロシア船舶一隻を拿捕して青島に連れ帰った。第三回日英同盟の適用地域は「東亜及びインド」となっている。

欧州だけでは条約は適用されない。はじめ大隈内閣は局外中立を声明した。しかし副総理格の加藤高明外相と秋山真之軍務局長は外務省の小池張造政務局長や参謀本部の福田雅太郎第二部長と組んで、参戦に向けて積極的に動いた。参戦しドイツの勢力を太平洋または中国から駆逐しその後を日本が引き継げば国策にも叶う訳だ。日本が漁夫の利を占めることにアメリカが反対であるのは明白で、イギリスも自国の権益が弱体化することに懸念をもつのは当然であった。

しかし香港 威海衛のイギリス艦隊はドイツ巡洋艦隊を取り逃がしていた。イギリスは仕方なく日本海軍の出動を要請した。(8月7日)日英同盟を基礎に参戦しようとする日本に対して、イギリスは「船舶保護」「戦地局限」 の条件で規制しようとしたが開戦と言う語句の前に両条件は吹っ飛んでしまった。

内閣は8月7日夜の臨時閣議(首相私邸)で開戦を決定し、8日に4元老を加えて再度閣議(首相官邸)決定し15日に対独最後通牒を送付し、8月23日に宣戦布告と進んだ。日本海軍の参戦を巡る対応は臨時閣議の翌午前、八代海相 島村軍令部長 井上良馨 東郷平八郎両元帥(軍事参議官)の会議により『受動的』に同意されたが、政府決定に引きずられる形の消極的なものであった。(海軍歴史保存会《日本海戦史》第2巻。)島村・八代は「戦時大本営編成」で海軍軍人を充実しようと考え裁可を受けた。

しかし最終的には大本営は設置されなかった。大本営が設置されると、海軍軍令部長は作戦に関する命令「大海令」を伝達する機能を持つ。しかし大本営が設置されないと作戦命令は海相が伝達しなければならない。これは好ましくないので、宣戦布告の日に軍令部条例を改訂し軍令部長の伝達事項とした。海軍の戦局展開は次のようなものであった。

ドイツの租借する膠州湾・青島要塞の占領。同地を基地とする太平洋艦隊の撃滅。太平洋・インド洋の連合国のシーレーンの確保。青島作戦では第一艦隊(旗艦・摂津・加藤友三郎中将)が全面支援に任じ第二艦隊(旗艦・周防・加藤定吉中将)封鎖と上陸援護を担当した。イギリスの中国方面艦隊の戦艦・駆逐艦各1隻が第二艦隊の指揮下に入り、ドイツ軍は1914年11月7日に降伏した。

シュペー艦隊撃滅とシーレーン確保の為に、四つの艦隊が派遣された。@第一南遣支隊(旗艦・鞍馬・山屋他人中将) A 第二南遣支隊(旗艦・薩摩・松村龍雄少将) B 特別南遣支隊(巡戦・伊吹・艦長加藤寛治大佐指揮、C 遣米支隊(旗艦・出雲・森山慶三郎少将) である。

第一南遣支隊はシュペーを追ってマーシャル諸島を巡航した。シュペーはマリアナ諸島(パガン島)で臨戦準備を完了し既に南米に向かっていた。第二南遣隊は、カロリン諸島方面で海上交通路の保護に任じた。両艦隊は赤道以北のドイツ領南洋諸島を占領した。特別南遣支隊は、主としてインド洋シュペー艦隊が分派した軽巡「エムデン」から海上交通路を守った。「エムデン」は連合国船舶16隻に対する戦果のあと、ココス島で豪軽巡「シドニー」に撃破される。

遣米支隊は、北米西岸のシーレーンを守ったあと、南下してシュペー艦隊を追った。日・英の艦隊に追われて南米に向かったシュペー艦隊は、フォークランド諸島からチリ沖に回航して来たイギリスのクラドック艦隊とコロネル沖海戦を戦い勝利を収める。しかしシュペー艦隊が大西洋に回り、フォークランドを占領しようとして接近してきたとき、イギリス本国が派遣した新手の強力なスタディー艦隊の巡洋戦艦二隻ほかと遭遇しフォークランド沖海戦が勃発して主力が全滅し、シュペー提督も戦死し、青島要塞が陥落し、シュペー艦隊が撃破されたので、極東のドイツ勢力は一掃されて、太平洋インド洋の制海権は連合軍の手中に帰した。

イギリス海軍は、太平洋をほぼ日本艦隊に任せ、イギリス本国を中心に大西洋・地中海方面に全力を尽くし得る態勢を得たのである。なお、南シナ海・インド洋のシーレーンの保護に従事していた軽巡「音羽 「対馬」の連合陸戦隊はシンガポール市内の暴動鎮圧に当たった。(イギリス中国方面艦隊指令長官の依頼による。)

日本海軍は、アジア人の反感を受けないように、慎重ではあったが軽巡「明石」 を香港に「音羽」をペナンに入港させるなどして、イギリス植民地の静穏に貢献した。大戦後期の日本海軍の主な作戦は、第二特務艦隊の地中海派遣である。アメリカが対独宣戦を布告した一週間後軽巡「明石」と駆逐艦8隻がマルタ島に到着した。艦隊派遣の政治的・外交的・軍事的成果の大きいことが証明され、日本海軍はやがて新鋭駆逐艦4隻を増派し、装甲巡洋艦「出雲」ついで「日進」を旗艦として派遣した。(日本海戦史・第二巻)

第二特務艦隊の艦艇は大戦終了後(1918年11月11日休戦協定調印)講和会議の最中にイギリス・フランス・ベルギー・イタリアなどを訪問し、日本がヨーロッパまで艦隊を派遣していたことを連合国国民に認識させた。講和会議で、日本は五大国の一つとして重んじられた。1919年6月28日講和条約調印、国際連盟成立。(日本は常任理事国)。そして赤道以北の太平洋諸島の委任統治国になったのでした。

以上は私の分隊監事野村実大尉(極東軍事裁判被告人弁護事務・防衛研究所戦史室長・文学博士)の「日本海軍の歴史」(吉川弘文館)によりました。

このような海軍の苦労であのマーシャル・カロリン・マリアナ諸島がかってわが国の委任統治地であったことを知る人は少ないのではないでせうか。友人の若者にそのことを聞いたら「あれは日本軍が侵略したのではないのですか。」と答えました。

日教組が生徒にそう教え込んでいるのです。一事が万事誠に酷い現状です。自分の国の現近代史を正確に教えて貰えず、間違った知識のうえで自分の国の憲法を論じ国防を考えなければならない。やっと中庸な安倍さんがでてきて教育を直して行こうとするとマスコミや市民団体がまるで他国籍人のやうに叫ぶのです。「軍国主義反対。」と。彼らは全くわが国の軍隊の正確な姿と歴史を教えて貰ってないのです。

軍隊は暴力装置ではありません。国際法を重んじ法に基づいてわが国と国民を命がけで守ってきたのです。軍隊と言うものをちゃんと理解しないと自分の国を守ることさえ出来ません。同じクリミヤの擾乱を知っても1914年と2014年ではかくも国情は違うのです。わが国には既に軍隊はありません。戦争に負けた途端に日本国民の精神だけがが浄化されて平和と人権の為なら国が滅びてもよいなんてことは普通に考えるとどこかおかしいのです。

「フリート・イン・ビーイング」 海軍の思想です。艦隊と言うものは存在にいぎがある。戦う為のものではない。軍隊は必要なのです。国土を守り国民を守る為に軍隊はいるのです。日本国民はそんなに偉くはないのです。普通切符を買って各駅停車で一駅一駅止まりながら、しかし着実に戦争に負ける前の本当の日本に上ってゆかなければならない。


―つづく―

*☆*゚ ゜゚*☆*☆*゚゜゚*☆*

続きが楽しみな方は
人気ブログランキングFC2ブログランキング のクリックをお願い致します。

※姉妹サイト【日本を】『日本解体法案』反対請願.com【守ろう】では、様々な活動を行っております。

何卒皆さまの温かいご協力をよろしくお願い申し上げます。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 8
ナイス ナイス ナイス ナイス
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ガッツ(がんばれ!)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文
一阿の 「こけし」 Y ガラス瓶に手紙を入れて/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる