ガラス瓶に手紙を入れて

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zoom RSS 一阿の  「薫陶(俳句とこころ)」 1/5

<<   作成日時 : 2012/06/26 07:00   >>

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芭蕉が座をもうけ、連中が式目に従って連歌を巻いてゆくその最初の句を発句といふことはよく知られてゐます。

「ガラス瓶」の「神代曙」で書いた石橋筑紫男さんと去年同ブログの中の「おっちゃん」で紹介した石田開一さんと私の三人で昔連歌を巻いたことがあります。筑紫男師匠の懇切な指導によることは申すまでもありません。

私の発句は「花散るや ひとひらづつの 光のせ」 でした。初めて巻いた連句の嬉しさもあって、言わないでも良いのに詩人「那珂太郎」先生にこの発句を告げました。七年程前のことです。那珂先生は愚老の海軍兵学校時代の国語の教官でした。戦後はいろいろの会合にお誘い頂き問わず語りに詩歌を教えて下さいました。

先生に連句のことを告げたのも忘れていたある日、先生からお便りを頂きました。 その中に思ひもよらない言葉がありました。「・・・貴兄の発句『花散るや・・』を頂いて、小生の連句の挙句に使はせてもらひました。『散る花のひとひらひとひら光りつつ』ご了承たまわれば幸甚です。」 挙句とは連歌の最後につける句のことです。教官(那珂太郎)は詩作以外に「雹」といふ連句の同人でもありました。

「雹」には先月92才の天寿を全うされた真鍋呉夫(蛇笏賞)や文学界の名伯楽と言われた寺田博(福武書店=ベネッセ)ほか偉才が名を連ねます。この手紙にある連句は「月光」といふ名の天魚(真鍋呉夫)捌のもので、発句は「襤褸市の隅で月光売ってをり」でした。この23句目が黙魚(那珂太郎)の「散る花のひとひらひとひら光りつつ」であった訳です。愚老はハッとしました。

教官(那珂大尉)は私に詩の何たるかを教へてをられるのだと。前にも書きました様に教官は「私は日本の国に生まれたので、日本の歴史と言葉が大好きです」と、決して戦後の新仮名を使おうとはされません。私は思い出すのです。「詩は観念ではありません言葉そのものです。」と言はれたことを。・・・そして、私の「花散るやひとひらづつの光のせ」の句の如何に観念に満ち言葉の乾ききっているかを。那珂先生はいとも丁重にまるで私に詫びるやうな口調で言葉の真髄を教へてをられるのです。

愚老はこころの奥深く「薫陶」といふ字をゑがいてをりました。有り難いことです。一年も経って自分の挙句になぞらえてそれとなく後輩を指導するゆかしさは昔の日本人の徳性です。瞬間に情報を伝達することはとても大切です。しかし私には春夏秋冬を経て到着した教官(詩人那珂太郎)のお手紙は人生で一番大切な薫陶として心の壷に収まるのでした。那珂先生は今年卒寿になられました。


(続く)

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