ガラス瓶に手紙を入れて

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zoom RSS 一阿の 「神代曙」 6

<<   作成日時 : 2012/04/28 07:00   >>

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 芭蕉が心ひかれ、生涯句作と自分の人生の友とした「荘子」の中の一編「人間世編」に「無用の用」は説かれてゐます。その最後の文章はこうです。原文は省きます。

***

「支離疎(しりそ)といふ男、顎は臍のあたりに隠れ、両肩は頭のてっぺんよりも高く、頭髪のもとどりは天を差し、両股は脇腹にあたってゐる。「ひどいせむしの片輪だが」針をとっての裁縫で自分の口すぎは充分に出来、箕をゆすって米のふるいわけをすれば十人を養うことも出来る。

お上で兵士を徴用する時は、「支離は兵士の義務がないから」人なかで大手を振ってをり、お上で大きな土木事業があって人を徴用する時も支離はいつもの病気があるといふことで、割り当てをうけない。それでゐてお上が病人に穀物を施す時は、三しょうの穀物と十束の薪をちょうだいする。

そもそもこの支離疎のやうに肉体が人なみに完全でないものでさえ、その身を養って自然の寿命を全うすることができる。・・・・・・ 人々はみな有用なものが役立つことを知ってゐても、無用なものが役にたつことを知らない。」

***

 ここで、ガラス瓶子が言いたいことは、日本人が感じる「無用の用」と 支那人が感じる「無用の用」は微妙なところで違ってゐるのではないかといふことです。

「用のなき貌曝しおり小春の日」 と 宗匠 石橋筑紫男さんが詠む時、それは芭蕉の風土から吸収し、小春といふ季語の土壌に立ってゐます。しかし荘子の言葉はまさに中国の生活感からきてゐます。同じ想念でも日本人の美意識と支那人の美意識は明らかに違うのです。

日本人は支那から文化を輸入するときもヨーロッパから文化を吸収する時もそれを完全に咀嚼する力と美意識を持ってゐました。そして日本でしか育たない優れた感性と風土に恵まれてゐました。ところがどうでせう。進歩的と称る左翼の文化人達は皇室の美しさを否定し正倉院の神髄さへ否定したがるのです。特にNHKあたりはひどい。

国宝や重文の説明の後に必ず「これは中国からやってきました。」と付け加えます。中国からきてもそれを醸成し完成させたのは日本人なのです。もし日本に彼らより優れた美意識がなければ、どうして彼らの文化をかくも完全に消化できますか。

公共放送と称するNHKがずるがしこく国民から愛国心と誇りを奪いさろうとしてゐる巧妙な悪知恵は挙げればきりがありません。しかし本当は大丈夫かもしれません。昔、隣国支那では「宦官」「纏足」 が流行りました。しかし日本人はこの醜い風習は絶対受け付けませんでした。

彼らには目的と手段があり、目的のためには手段を選ばぬことさえ敢えてしますが、日本の神道は目的も手段も融合していて山川草木全て神が宿るのです。和(にぎ)御霊(みたま)のもとでは非常に優れた美意識が育ちます。


 

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