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zoom RSS 一阿の 「関東大震災と永井荷風」(前編)

<<   作成日時 : 2011/03/29 08:24   >>

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永井荷風が大正十二年九月一日に起きた関東大震災をどう感じたのか、ふと興味を引き、あの有名な「断腸亭日乗」を紐解いてみた。

大正十二年 九月朔(ついたち) 「忽爽(こつそう)雨止みしが風なほ烈し。空折々掻曇りて細雨烟の来るが如し。日まさに午ならむとする時天地忽鳴動す。予書架の下に座し『櫻鳴館遺草』を読みゐたりしが、架上の書籍頭上に落ち来るに驚き、立って窗(まど)を開く。門外塵烟濛々殆咫尺を弁ぜず。児女鶏犬の声頻(しきり)なり。

塵烟は門外人家の瓦の落下したるがためなり。予もまた徐(おもむろ)に逃走の準備をなす。時に大地再震動す。身体の動揺さながら船上に立つが如し。門によりておそるおそるわが家を顧みるに、家瓦少しくすべりしのみにて窗の扉も落ちず。やや安堵の思をなす。昼餉をなさむとて表通なる山形ホテルに至るに、食堂の壁おちたりとて食卓を道路の上に移し二、三の外客椅子に座したり。食後家に帰りしが震動歇まざるを以て内に入ること能はず。

庭上に座して唯戦々兢々たるのみ。物凄く曇りたる空は夕に至りて次第に晴れ、半輪の月出でたり。ホテルにて夕餉をなし、愛宕山に登り市中の火を観望す。十時過江戸見阪を上り家に帰らむとするに、赤坂溜池の火は既に葵橋に及べり。河原崎長十郎一家来たりて予の家に露宿す。葵橋の火は霊南阪を上り大村伯爵家の隣地にて止む」。・・・

十月三日 「快晴始めて百舌の鳴くを聞く。午後三菱銀行に赴かむとて日比谷公園を過ぐ。林間に仮小屋建連り、糞尿の臭気堪ふべからず。公園を出るに爆裂弾にて近傍焼残の建物を取壊中往来留となれり。数寄屋橋に出で濠に沿ふて鍛冶橋を渡る。到る処糞尿の臭気甚しく支那街の如し。帰途銀座に出で烏森を過ぎ、愛宕下より江戸見阪を登る。

阪上に立って来路を顧れば一望唯渺々たる焦土にして房総の山影遮(さえぎ)るものなければ近く手に取るが如し。帝都荒廃の光景哀れといふも愚(おろか)なり。 されどつらつら明治以降大正現代の帝都を見れば、いはゆる山師の玄関に異ならず。愚民を欺くいかさま物に過ぎざれば、灰燼になりしとてさして惜しむには及ばず。

近年世間一般奢侈驕慢(しゃしきょうまん)、貪欲飽くことを知らざりし有様を顧れば、この度の災禍は実に『天罰』なりといふべし。何ぞ深く悲むに及ばむや。民は既に家を失ひ国富また空しからむとす。外観をのみ修飾して百年の計をなさざる国家の末路は即かくの如し。自業自得天罰覿面といふべきのみ。」

これは石原慎太郎ではなくて永井荷風の日記です。今から88年前、大正十二年、関東大震災の直後に書かれたものです。岩波文庫 永井荷風 「断腸亭日乗」(大正〜昭和 戦前〜戦後)の内唯2日間の記述です。

以上前編。


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