ガラス瓶に手紙を入れて

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zoom RSS 一阿のことば  「美しい日本」18

<<   作成日時 : 2010/07/04 07:14   >>

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 さてそのときの彼の話しによると、自分は大変親不孝で、親の言うことを振り切って、音楽大学に入り、そこでコントラバスを習得し、今(昭和50年代半ば)は広島の音楽大学で教鞭を取り、時々寺に帰ってくる生活です。然し最近自分の不孝を悟りもう一度高野山で修行し、本格的な僧侶の資格をりました。そしてお詫びに「教信沙弥の生涯」という作曲をして寺に奉納しました。そして若しよければと、 彼が音楽活動をしていた裏の「法泉院」へ案内するのでした。

インターネットで法泉院を見ると素敵な寺域になっていますが、その当時は何も無い部屋に赤い絨 毯が敷き詰められていて、腰の高さの素朴な棚の上に広隆寺の「弥勒菩薩」の額が一枚、静謐な雰囲気の中に置かれていました。手前に一きゃくの楽譜立てがあ るのみで、他の調度は何も無く、とても品のよい部屋でした。

彼はそこで「教信沙弥の生涯」を聞かせるのでした。「彼がドイツの交響楽団」でコントラ バスの奏者をしていた時の交響楽団が日本公演に来ると必ず、この寺の「法泉院」を訪れるということでした。日中友好と言い、日独友好と言っても、日本人が日本の歴史と国に対する誇りを持たないと、本当の友好はありません。ただお金を持って、秋葉原やデパートに物を買いにくるだけの友好は、こんなものは友好 とは言えません。

 「教信沙弥の生涯」はコントラバスとピアノの二重協奏曲で、教信沙弥の一生がバリトンの声楽家によって厳かにしかも優しくかたられます。あの「ピーターと狼」を連想してください。それからしばらくして、かれは東京・上野の文化会館で、この曲の音楽会を開きます。この時のピアノ奏者が後の奥様です。この時かれは39度近い熱を出しましたが、聴衆の為に会を休むことはしませんでした。

 彼との文通は続いておりましたが、ややあって奥様が手紙の終わりに付記として、「私の父は海軍兵学校の51期です。」とありました。この時は前の「三浦 節(70期)海軍大尉」のとき以上にビックリしました。

 先の「九太郎」の「憂国の詩」にもありましたが、日本人は何世代も何世代も元を 辿って行くとみんな血が繋がっているのだという実感がわいてきました。「51期」と言うと、優秀なことで名の響いていたクラスヘッドの樋端(といばな)久 利雄海軍大佐が頭に浮かびます。海軍と全く関係の無い旧制中学の友人が、彼の故郷四国徳島では樋端さんは同郷の誇りだと、ごく最近私に眼を輝かせながらつげました。


(続く)

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