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zoom RSS 一阿のことば  「美しい日本」15

<<   作成日時 : 2010/06/22 09:05   >>

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播州に野口と言う町があります。野口は別府鉄道の途中の駅でした。別府鉄道は1984廃止されるまで、多木製肥所(多木化学)と別府化学(住友精化)の過燐酸石灰や硫安等を別府から山陽本線の土山まで運んでいました。別府鉄道は多木製肥所が所有していました。 

 多木製肥所を興した多木久米次郎は立志伝中の人で、明治18年、播州の別府で干鰯屋をしていましたが、東京帝国大学農学部教授の文献で「燐鉱石に硫酸をかけると水に溶ける燐酸」が出来ることを知り、辛苦の末明治18年肥料会社を創ります。 それまで田圃の肥やしは人畜の糞尿でしたから、これは中りに中り大成功します。当時日本の化学会社は多木製肥所(明治18年)と日産化学(明治20年)の二社しかありませんでした。

昭和の初期に三菱の総資産が3億と言われたときに多木の総資産は1億とささやかれました。久米次郎さんは宮中に参内するのに自分のモーニングの背に家紋を染め抜いたり、神戸の三越の用品売り場へ行って、「此処から此処までの万年筆を全部買うからまけろ」と言って値切ったり、とかく奇行の持ち主で知られています。大正の末期から昭和の初期にデパート、特に三越なんてものは庶民はとても近ずけません。しかも値切るという発想もとんでもないことです。また当時の万年筆は今ではパソコンに該当するのでしょうか。

 東海道本線の沿線で立看板の一番多いのは「多木」の看板次が「仁丹」だといわれました。多木の看板は「神代鍬」が2つ交差した独特の格好をしていました。そしてポスターは神武天皇が弓を持たれその弓の上に「八咫烏」がとまり、農夫が神代鍬で田を耕している図でした。当時の実業家は我が国の歴史を誇り神武天皇を広告に使ったのです。国民は喜び肥料を買いました。今で言えば軍国主義です。


(続く)

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