ガラス瓶に手紙を入れて

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zoom RSS 一阿のことば74 「おじょん」 1

<<   作成日時 : 2010/05/02 10:06   >>

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若い人に昔の物語を伝えるのが一つの役目なので、恥を忍んで若い頃の個人的な物語をします。

十一年前、昔の旧制中学の連中が集まり、古希を記念して文集を出そうやと言うことになり 「古希を迎えて」という冊子を出版しました。昭和十三年から十八年頃までの少年の日常が伺えます。お前も書けと言われ苦労して書いた作文を載せます。

*  *  *

「おじょん」

おじょん、と言う渾名は厭であった。私がニ中から江田島を受験したのは、忠君愛国よりも 「脱おじょん」を考えたからだとも言える。尤も「お前が海軍に入ったから日本は負けたんだ。」とからかう奴も多い。父もニ中だった。だから子供の頃から竹中郁や小磯良平や東山魁夷の話はよく聞かされ小学校の低学年からカーキ色に包まれていた。

入校式の一週間ほど前、ニ中から呼び出された。安藤先生は艶のある声で、語尾を区切るように言われた。「貴君に入校式の宣誓をしてもらう。一応文案は書いておいたが直してもらってもよい。」先日漆の古びた文箱から変色したニ中の用箋が出てき た。文章は次のようなものであった。

「只今、校長先生ヨリ私達241名ニ対シ栄アル本校ヘノ入学ヲ許サレマシタ。私達ハココ ニ永年ノ宿望ヲ達シ得テ感激ニ堪エマセン。コレ全テ小学校ノ諸先生ヲ始メ家の人達ノ寝食ヲ忘レテオ尽シ下サレタ御蔭デ御座イマス。此ノ御恩ニ報ユル道ハ只 一ツト思イマス。即チ私達ハ今日ヨリ本校ノ校長先生ヲ始メ諸先生ノ御指導ニ従ヒ能ク学校ノ規 則ヲ守リ一生懸命ニ心身ヲ練リ天晴レ武陽健児ノ面目ヲ発揮シテ、将来必ズ御国ノ御用ニ立チタイト思ヒマス。茲ニ、新入生一同ヲ代表シ私達ノ覚悟ヲ述ベテ宣 誓ノ言葉ト致シマス。」

教室は明るく粗野であった。入学した翌年(紀元2600年・今年は紀元2670年)新校舎に移転したが、教壇にある机の前板は既に丸く切り抜かれていた。インキンと名づけた教師が両手をズボンに差し入れて、ポリポリ掻くところを見るためである。「掻いとる、掻いとる。」と囃し立てた。こんな事を書くと限がない。当時流行った言葉に「ヒッシ!!」があった。「必死」である。この言葉は極めて「深遠?」で、何か一 生懸命にやろうとすると、「ヒッシ!」「ヒッシ!」と囃され、誰かが当たり前のことを張り切ってやると「ヒッシ」がすぐ飛んでくる。「ヒッシ!」と言はれ ると、何か恥ずかしい気がした。私は「必死」と言はれないように随分と注意をした。世の中は必死の時代に入ろうとしていた。

中学の友人程、気のおけないものは無い。隋分世話にもなった。しかし、いざ書くとなると白けてしまいそうな気がする。だから鬼籍に入った友人のことを書こう。

木村孝の仇名は「ガリ」である。勿論「ガリ勉」からきていた。然し彼は自分だけがよければ良いという類の生徒ではなかった。四年の二学期、とても他人のことを考えておれない時に、「おい、お前は英語は良いが、数学があかん。良かったら一寸残っとれや。」

と言って代数や幾何を私に教えた。テレビじみるが北側校舎三階の西端の教室には茜色の夕 陽がさしていた。彼は四年から六高(岡山)へ入り私は四高(金沢)を落ちたが、彼との文通は続いており、戦後、大学では彼の本郷の下宿へ転がり込んだのである。


(続く)

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