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zoom RSS 一阿のことば 65  「ふとした思い出 1」

<<   作成日時 : 2010/03/22 09:20   >>

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鳥雲に 忘れしことの 限りなし。  一阿

思い出そうとしても、思い出せないことが増えました。
然し強烈に心に残っていることが時々あります。此れもその一つです。

母は二十四歳で夫を失い、七十二歳で亡くなるまで独身ですごしました。
母一人子一人です。子供に自分の人生をかけました。
然し大日本帝国の前線の苦境を知るや、惜しげも無く息子を国に捧げました。
軍国の母とか言うものではありません。そのころの日本は誰でも当たり前と
思っていたのです。
テレビで良くある愁嘆場なんてものはありません。「頑張っていらっしゃい」。
私は十六歳。江田島の海軍兵学校へ向かいました。

昭和二十年、八月十五日。・・・・十月には卒業して前線に向かう覚悟を
していました。
母は神戸が爆撃に有ったので有馬へ疎開していました。
多少の荷物を担いで、原爆で廃墟になった広島を通って神戸に着いた私は、
有馬までの線路を徹夜で歩きました。神有電車は不通でした。

疎開先に辿り着き、「ただいま、もどりました。」「申し訳ありません。」と
言いました。
戦いに負けたのは自分が前線に出て死ななかったからだという
一抹の申し訳無さがありました。十八歳でした。

半年程して、我々も大学へ入れることになりました。私は学問がしたかったので、
母にそう言ひました。
母は「うちにはお金が無いから、東京の伯父さんに頼んで見なさい。」と
言ひました。

その頃、日本の人口の何%かは餓死する筈でした。事実米は全く無く、
良いところで芋でした。
そこへ食べ盛りの若者が転がり込むのですから、たまったものではありません。

伯父は「東大へ入ったら世話をしてやる。」と言いました。
まさか入らないと思ったのです。
所が運というのは不思議なもので、入ってしまいました。
江田島の教官が艦長をしておられた、「占守」(復員船)に乗せてもらうことを
予約しておりましたが、教官に訳を話しに行きました。
教官はとても喜んで大学行きを進められました。

所がどうでしょう。大学は左翼の巣窟だったのです。
大内兵衛 有沢広美 山田盛太郎 横田喜三郎 宮沢俊義 美濃部亮吉
と言った共産党や左翼の連中に牛耳られていたのです。

(続く)

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